80.

「外出禁止? 私だけじゃなくて透子とうこも?」

「そう。一旦ね」


 透子は家に帰ると唐突にそれを宣言した。

 怪人化が進んでいる私と透子は支部から危険視されているらしい。


「ずっと家にいないといけないの?」

「とりあえず許可が下りるまでは。この前の作戦で桜島から持ち帰った血液があったのを覚えてる?」

「うん。覚えてるよ……」


 壺を持ち上げた時に感じた不快感は忘れたくても忘れられない。一体何人の血が溜めてあったのか、私には分からない。


「それを使って研究チームが怪人化を治す研究を進めてるの。桜島で一体だけ怪人を捕縛出来たから、その壺の中身と合わせて調べているところ。上手くいけば私たちの身体も正常に戻るかもしれない」

「本当に……?」


 それが本当なら結月ゆづきだって同じだ。

 もしも怪人化が治って元の身体に戻れたら、半年前と同じ生活が送れるかもしれない。一緒に学校に行ったり、遊びに行ったり。それが出来るかもしれないんだ……!



「春。この話は結陽ゆうひにはしないで」

「…………え? なんで?」


 透子の意図が掴めず、すぐさま聞き返した。

 結陽だって今ではコウセイジャーの仲間だ。桜島作戦では一緒に戦ったし、何度も助けられた。

 それなのにどうして……。


「分かってると思うけど……怪人化が治ったら結陽はいなくなる。今それを結陽に話したらどうなると思う?」

「……ッ」


 ……そうか、怪人化が治るということは主人格が結月になるということ。つまり結陽は消えてしまう。

 透子はそれを知った結陽が私たちを裏切ると言いたいわけだ。


「……透子、本気で言ってる?」

「本気だよ。グリーンが裏切り、ブルーとイエローは療養中。今が一番手薄なんだよ。ここで結陽が敵に回るのは絶望的。春だって分かってるよね?」

「…………」


 透子の言っていることも分かる。私たちは信頼していたグリーンに裏切られたばかりだ。警戒してしまうのは当たり前。だけど、それでも——



「——ちゃんと話そうよ。結陽の気持ちを蔑ろにするのは絶対に駄目。責任は……私が取る」



 初めてだ。今、私は初めて透子に反抗している。

 透子と意見が違えることは今までだって何度かあった。だけどその度に透子が正しいことを言って私を説き伏せてきた。

 だからこうやって真っ向から意見が対立したことなんて一度もなかった。


「逆らうの? 私の決定に」

「逆らうよ。私は私のやりたいようにする」


 どちらも譲らない。譲れるわけがない。






 コンコン。


 遠慮がちなノックが聞こえ、私たちは静かに扉に視線を向ける。


「ごめん。結月だけど……ご飯出来たから呼びに来た。取り込み中、だった?」

「そんなことないよ。すぐ行く。……透子、この話はまた今度」

「……分かった」


 透子は何か言いたげな表情かおをしていたけど、私が立ち上がったのを見て諦めたみたいだ。結月がいる前でもこの話はしたくないらしい。

 きっと結月が知った情報は結陽も知ってしまうと思って警戒しているんだ。

 一見心を許しているように見えて、実は警戒している。透子はそんな女だ。気持ちは分かるけど、今は不快だ。

 振り返ることなくリビングへと歩く。後ろで扉が閉まる音がしたから透子も着いて来ているのは間違いない。


「簡単なものだけど……。透子さん、鮭食べられる?」

「食べられるよ。……あんまり好きじゃないけどね」

「……ごめんなさい。今度からはちゃんと聞いてから作るね」


 イライラしてるのか結月への当たりが強い。いつもの透子ならそんなこと絶対に言わない。


「透子、いらないなら私が食べる。鮭、ちょうだい」

「……ん」


 透子から鮭を引き取り、自分の席に座る。

 なんとも気まずい空間だ。普段ここでご飯を食べる時はもっと和気あいあいと、楽しい時間が流れているのに。


「…………」

「…………」

「…………」


 会話は弾まず、無言状態が続く。

 流石にこれは……。

 どうにかしようと口を開けてみたが、言葉が出てこない。いつも私たち、どんな会話をしてたっけ……。




 バチッ。


 鈍い音と鮮やかな閃光。

 ハッとして視線を対面に向ける——


「なにこの空気。どうしたの、これ」


 スタンガンを片手に結陽が首を傾げていた。

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