71.
鋭く突き出される一突き。
男は嘲笑うかのようにひらりと躱してみせる。
イエローは負けじと続く一撃を繰り出す。それでも男の表情は歪むことなく、華麗に槍を躱した。
「埒が明かねぇ……。今、この瞬間もブルーとグリーンが必死に食い止めてるっていうのに……!」
苛立ちを隠すことなく、イエローは舌打ちした。
そっか……。今ここにイエローがいるということは、外で怪人と応戦しているのはブルーとグリーンの二人だけ。
「ブラック、私たちも……」
「……君はここにいなよ、レッド。私が加勢してくる」
「いらねぇ! 良いから、二人はあの壺、を……⁉」
イエローが言い切る前に男は懐から怪しい小瓶を取り出した。右手に握るや否や、それをイエローの足元に投げつけた。
「なんだぁ⁉」
事は一瞬。
投げつけられた小瓶は割れ、中から緑色の液体が飛び散る。幸い、私たちがいる場所には飛散しなかったが、イエローには……。
「ぐ……これ、は…………?」
「あーあ。右手にかかっちゃったね」
ニタリと厭らしい笑みを張り付け、男は嗤う。見ると、イエローの右手にはさっきの液体が。徐々に、痛々しい緑色へ変色していく。
「いっ…………なんだ、これ」
カラン。
右手に握られていた槍が音を立てて、床に転がる。イエローは不思議そうに自分の右手を見つめた。
「動けないだろう? その緑色に変色している部分、筋肉が麻痺しているからね」
「麻痺、だと?」
「もうその槍は握れないだろうさ」
イエローは槍へと手を伸ばす。伸ばされた右手は槍を掴めず、ただむなしく空を切ったまま宙ぶらりん状態だ。
「……小癪なマネを。こんなのばっかかよ、結社ってのは」
左手を伸ばし、槍を拾った。
左手一本で槍を構える。穂先は勇ましく男を捉えているものの、どこか頼りない。今までブレ一つ無かった槍が震えている。
「いやいや、僕が専門ってだけだよ。君の後ろで睨んでいる黒いの、ブラックは全然違う戦闘スタイルだったろう」
「そもそも怪人を生み出している時点で悪趣味で非人道的だぜ、お前らは」
ゆっくりと槍を噛み、左手で携帯ポーチから布切れを取り出した。器用にも左手だけで巻き付ける。
右手と槍。イエローは二度と槍を手放さぬよう布を巻きつけた。
「浅はかな……。もうその槍を投げつけることも出来ないじゃないか」
「必要ねぇ。お前は次の一撃で沈むからな」
「へぇ。そんなことが君に出来るのかい?」
「五秒だ。五秒後、お前は床に沈んでいる」
「出来るものなら——」
やってみろ。そう言って男は両手を広げ、イエローを挑発する。
さあ、来てみろ。私を殺してみろ。
その逆撫でするかのような態度にこめかみがピクリと動く。きっと目の前にいるイエローだってそうだ。五秒なんて待っていられない。すぐにでも駆け出し——
「……お前のやり方はよく分かったよ。俺の敵じゃないってこともな」
静かに呟き、槍を壁に向かって突き刺した。そんな場所になに、が……⁉
「ぐ、ふ……」
ごぽり。
口から零れ落ちる黒い液体。決壊したダムのように、止めどなく溢れ出る。
さっきまで目の前にいた男は槍に貫かれ、大量の血を吐き出していた。
「な……んで?」
「この部屋自体が罠だったんだ。その壺、よく見てみろ。さっきまで見えていたものとは違ってるはずだ」
言われて部屋の奥に鎮座する壺へと視線を向ける。
「……うそ。壺、じゃない?」
そこに置かれていたのはお香のような陶器。中から怪しい煙が立ち上っている。
「そいつが元凶だ。俺たちは全員魅せられていたのさ、幻覚をな」
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