72.

 ガシャンッ!


 イエローはその元凶に近寄ると、すぐさま槍で叩き割った。みるみるうちに煙は消え、ただのガラクタへと化した。


「ハァ……ハァ…………ハ……」


 壁を伝い、男はゆっくりと立ちあがる。動くたびに腹部から鮮血がほとばしり、床を汚す。


「お前……お前は、何を隠している?」

「……ハ。なに、も」

「嘘をつくな。その顔……まだ何か隠してるな? お前はナンバー持ちだと聞いているが……それだけじゃないはずだ」


 男は嗤い、自分の顔をひと撫で。


「……ッ!」

「この顔を覚えているか?」

「忘れるわけがない……!」


 イエローは怒気を孕んだ声で叫ぶ。肩は震え、必死に歯を食いしばっている。


「そこの……いや、お前は知らないか」

「なに、を……」


 私たちに視線を向け、もう一度自分の顔を——



「…………え?」


 そこにいたのは、結月ゆづきのお父さん。見間違えるはずが、ない。何度も会ったことがあるし、会話だって何度もした。雨の日に学校まで送ってもらったことだってある。

 優しかった、結月のお父さん————


「レッド、知ってる奴か?」

「知ってるもなにも……。どういうことなの、これ」

「ハ。……ハハハハハハハハハハ!」


 私たちの困惑などいざ知らず、男は嗤い転げる。流れ出る血など気にせず、男は嗤う。


「じゃあこの顔は?」

「……ッ! 止めろ、親父の顔で、喋るなッ!」


 何が起きているか分からない。男は次々と顔を変える。変装……とは違う。だってさっきのは完全に結月のお父さんだった。


「イエロー……」

「悪趣味な野郎だ。あいつ……潜んでやがったんだ」

「どういうこと?」

「さっきあいつが顔を変えた時、一人目は俺の親父の上司だった。あの日、親父に怪人がいる現場に向かえと命令した上司だった……!」


 荒い息を繰り返し、イエローは語る。あの日、お父さんが死んだ原因だと……。


「その後の男は誰か分かるか? 俺は知らない奴だった」

「結月のお父さん、だよ……。でもあの日、家で死んだはず。生きているわけがない!」

「その時、誰が死体を確認した? 自分の目で見てないのに本人かどうかなんて分かるのか?」

「……自分の目では、見てない」


 じゃあまさか……あの日、死んでいなかった? 黒野家に転がっていた死体は二つ。結月のお父さんとお母さんのはずだった。そのうちの一つが偽物だったと言うのか……?


「お前には複数の顔がある。……そうだな?」

「如何にも。君の親父の上司も然り、そこの裏切者の素体の女の親父も然り。この顔は自由自在にカタチを変えられる」


 なんてこと。

 今までずっと側にいたなんて。こんなヤツが私たちの側にいたなんて信じられない。ありえない。あっちゃならない。


「じゃ、じゃあ! 結月はお前の本当の子供だとでも言うの⁉」


 私の荒げた声など気にもせず、平坦な声で男は答える。



「そいつは僕の娘だよ。間違いなく」



 言葉を失う。

 こいつは……自分の娘を改造したというのか……!

 正気じゃない。狂っている。


「改造は成功だったんだ。いや、成功する予定だった。生まれた時から。少しずつ薬を飲ませていたからね」

「お前はッ!」


 我慢できずに駆ける。

 右手に力を籠め、あいつを殴り飛ばすために、走る。


「こっ……のぉ!」



 ごぽり。

 振りかざした右手が頬を捉える直前、男は膝を曲げ一際大きな血の塊を吐き出した。

 黒く濁った血が再び床を汚す。


「ハァ……ここまでだ……ハハハ……」


 一人呟き、自分の胸を——


「ぐふっ…………」


 大きな穴。向こうにいるイエローの顔が見える。どうしようもないくらい、男の右手が貫通していた。


「…………くそがよ」


 イエローの短い呟きも耳に入らないくらい、呆然と立ち尽くす。

 振り上げた右手は行き場を失い、だらりとぶら下がっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る