48.

 男の怒号と共に結陽ゆうひは駆けだした。棍棒を受けとめ、男に蹴りを入れる。


「ぬるいなァ!」


 男は後退することもなく、再び棍棒を振り下ろした。


「はっ!」


 それに動じることもなく、結陽は上段から振り下ろされた棍棒に黒剣を当て、中心をずらした。そのまま黒剣を振り下ろし————



「……あぶねェ」


 相手も馬鹿じゃない。棍棒がはじかれた時点で結陽の反撃を予知していた。黒剣が振り下ろされる前に大きく後ろに飛び退く。


「全く。そういうのばっか得意になりやがって……」

「後手必勝だよ。特に君みたいな血の気が多い相手にはね」

「くくっ。違いねェな」


 結陽も男も戦闘力はほぼ互角。差があると言えば結陽には私がいるということ。

 ——さて、私はどう動く?



「そろそろ沈めやァ!」

「……ッ!」


 力任せの一撃が結陽を襲う。黒剣で受け止めたものの、わずかに表情が歪む。


「受けるばかりで芸がねェぞ!」

「言われるまでもない……!」


 最後の男の一撃は空を切った。さっきまで黒剣を真横に構えていた結陽はどこにもいない。音を立てずに男の視界から消え去ったのだ。


「……へェ?」


 空を切った棍棒を不思議そうに見つめると、男はは愉快そうに笑った。


「見え見えなんだよォ、お前の魂胆はァ!」





 キィィィィィィィィィィィィイイイイイイン!



 激しくぶつかる黒剣と棍棒。男は結陽の動きを読み切っていた。高く飛び上がってから振り下ろされる一撃。全て読み切っていた男は難なく受け止める。


「こんなやっすい手に引っ掛かる奴がいるかよ!」

「それは……どうかな」


 今、結陽と目が合った。男と競り合っている最中さなか、確かに目が合った。


「……ッ!」


 そうか、結陽は……!





「さァて、終わりかァ? ”2番”」

「……終わりじゃないよ。”4番”」


 棍棒の先は結陽の喉元に突き付けられている。


「この距離じゃお前の速さは意味がない。お前のどタマかち割るのと、俺の首が飛ぶの、どっちが先か試してみるか?」

「……必要ないよ、そんなもの」

「ア?」

「今この状況で気づけなかったお前の負けだよ、”4番”」

「何を——」




 ……今だ。

 結陽が視線をこちらに向けた。それに合わせて私は拳を振るう。全力で、これ以上ないくらいに破壊する……!


「もう一度言う。お前の負けだ、”4番”」

「——なっ⁉」


 天井が崩れ、コンクリートが落ちてくる。バラバラと大きな音を立てながら落ちてくる——!






「……ぐ……こんなんで殺されるかよ……! 小細工ばっかり弄しやがってェ!」


 頭から血を流し、男は吠える。右手に棍棒を掴み、立ち上がろうともがく。


「まだ動くか……。このまま置いて逃げようと思ったけど、そうはいかないね」

「当たり前だッ。どちらかが死ぬまで続けンぞ……!」


 一番大きな瓦礫が吹き飛び、男は何とか立ち上がる。息は荒く、全身は傷だらけ。満身創痍だった。


「オイ。お前……赤い奴。俺はこいつとケリをつけてェ。……もう手出しすんな」

「……ッ!」


 急に声をかけられ、びくりと肩を揺らす。


「……心配すんな。すぐにケリがつく。…………なァ? ”2番”」


 身構える私に心配するなと言う。ケリがつくって…………どっちが勝つつもりで……。


「次は全霊の一撃をもって応えよう。これで決着だ、”4番”」

「ああ。全力で来い。それが俺の望み——」


 息が詰まりそうなほど張り詰めた空気が場を支配する。まるで一歩でも動いたら死。それほどの緊張感が漂っていた。


「……」

「……」


 お互いに向けられた棍棒と黒剣。次に振るう時が相手の最後。その気迫と気概を持ってその武器たちを今、ここで握っている。









 さっき私が崩した天井から一片の瓦礫が落ちる。きっとこれが、合図だった。






「オラァァァァァァァァァァァァア!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」





 黒き一閃。目で追うことすら難しい、疾く鋭い一撃。


「ぐ……ぐおぉ…………」

「…………悪いね」


 身体は真っ二つに切断され、男の顔は苦悶に歪む。まだ息があるのが不思議でならない。


「……これでも君は即死出来ないのか。もう少し楽に逝かせてやれれば——」

「言うな。なんも、言うな……。そんな死に方、俺には似合わねェ……」


 ごぽり。口から真っ赤な塊を吐き出し、男は不敵に笑う。


「……君の弱点は死にたがりなところだよ。全霊の一撃なら真正面から受けてみたい。きっと君は避けないと思っていたよ」

「それが、俺の、望みだからよォ……。だが、別に死にたいってわけじゃねェぜ? 俺はその一撃を受けても倒れず、そのまま勝つつもり……だった……ンだ……」

「…………」


 ぴくりとも動かなくなった男に結陽は近づく。苦悶に見開かれた目をそっと、静かに閉じる。


「…………地獄で先に待っていろ」


 つい昨日まで仲間だった男を殺した。

 私には分からないが、きっとお互いのことをよく知っていたんだろう。そうじゃなければ結陽は最後にあんな一撃を放たなかっただろう。

 男の背後の壁までを切り裂いた鋭い一振り。黒剣を壁に当てることなく、ただその斬撃だけで切り裂いたのだ。

 あの全霊の一撃をもって男は死んだ。無惨にも身体は真っ二つ。だが、男に悔いはなく、満足だと言い残して死んでいった。



「…………結陽」

「……良いんだ。私はもう結社の一員じゃない。だからこれは、コウセイジャーに信じてもらうための試練だったんだよ」

「でも……」

「きっと彼もいつかはこうなると分かってたさ。怪人なんかに勝手に改造されて長生き出来るわけがない。いつかどこかでガタが来る。……分かってたんだ」


 結陽は静かに目を閉じ、男の側で跪く。


「……」


 それに倣い、私も同じように跪く。

 …………どうか、安らかに。

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