47.

 色白で生気のない、出目金のような目を持つ不気味な男。しかしその身体には強靭きょうじんな肉体が備わっていた。

 右手には真っ黒な棍棒こんぼう。私の身長を優に超える長さだ。それを自由に振り回すためには相当の筋力が必要だろう。

 よく見ると棍棒の先には棘が付いていた。当てるだけでなく、刺して殺すことも出来る恐ろしい武器だ。

 ……簡単に倒せる相手じゃない。

 それが分かっているからこそ私たちは慎重に間合いを図っていた。前に出ることも後退することも出来ず、ただ静かに男の動きを窺う。

 だが、私たちが仕掛けるより男がしびれを切らす方が早かった。



「オイ。聞いてんのかァ? 裏切った理由を聞いてんだよォ、俺は!」


 言うや否や、男は一直線に走り出す。その視線の先は……結月ゆづきだ。


「下がって!」


 ハンマーを構えたピンクが躍り出る。私と透子とうこも結月をかばうように立ちふさがる。


「どけ!邪魔だァ!」

「くっ……!」


 棍棒とハンマー。二つの武器が重なり、大きな音が辺りをゆらす。びりびりと身体の芯が震えるような大きい音。


「いた……」


 結月はあまりの大きな音に耳を塞いだが間に合わなかったようだ。両手で頭を押さえ、蹲っている。


「透子、結月をお願い。私も戦う」

「……分かった。籠手は春に返すよ。どうか気をつけて」


 結月を抱えて走る透子を見送ると、私は静かに右腕に触れた。


「変身……!」


 風が吹き荒れる。びゅうびゅうと音を立てて、私の周りに嵐が巻き起こる。


「レッドとして戦うのは久しぶりだ。きっとお前も元は人間だったんだろう。結月がそうだったように望まぬ身体にされたのだろう。……どうか安らかな眠りを」


 拳を構え、一気に駆け抜ける。

 目の前に棍棒が迫るがなんてことはない。当たらなければ良いだけの話だ……!


「……ちっ」


 重心を前に、出来るだけ前に……!

 頭上すれすれ。通り過ぎた棍棒は空を切る。


「ピンク!」

「任せて!」


 私が前へ。ピンクが背後へ。

 何も言わなくとも私たちは通じ合える。ピンクを信じ、ありったけの力を右手に込めて……打つ!


「ばァか。当たるかよ」

「この……!」


 右、左、右。止まることなく拳を繰り出す。当たらなくても良い。こいつの注意を引きつけられるならそれで十分だ。


「ほォら、こっちからも行くぜェ?」

「ぐっ……」


 顔を狙った一撃。かろうじて籠手で受け止めたが、びりびりと痺れる。なるほど、確かにこれは重い。


「次だァ!」

「……くっ…………」


 上段から、さっきとは比べ物にならない攻撃をくらう。とっさに両手で受け止めたのが良くなかった。痺れて拳を握る事さえ出来そうにない。


「終わりかァ? その両手、使いもんにならねぇなァ」

「……」


 両手を下す私を見据え、男は嗤う。

 万事休す。





 …………そう、私はね。




「うわあああああああああああああああああ!」

「なにっ⁉」


 背後から機会を窺っていたピンクが動く。

 突然の奇襲に男は驚き、足を止める。たった三秒。それだけあればピンクのハンマーが届く。

 ピンクは男と同じように上段から、得る全ての力を込めて、今、振り下ろす……!




「…………なァんちゃって」

「……⁉」

「そんな……」


 ピンクが振り下ろしたハンマーは、男の右手に受け止められてしまった。棍棒を使うこともなく、ただ手のひらで掴んだだけ。

 つまりそれは、さっきまでの戦いは本気でも何でもない、ただの遊びだったっていうことだ……!



「……うぐっ⁉」


 鈍い音が鳴り、ピンクは壁へと吹き飛ばされた。今のは……良くない。当たり所が良くない……!


「ピンク!」

「……ぐ……か、は……」


 近くに駆け寄るとピンクが苦しそうに喘いでいた。きっとさっきの一撃のせいだ。ひゅうひゅうと嫌な音が聞こえる。この状態が続くのはかなりまずい。


「……オイ。お前、敵に背を向けてんぞ?」

「……ッ!」


 慌ててピンクを抱え、大きく跳躍した。余裕なのか、男は追ってこない。


「このままじゃピンクが……」

「……は……はっ……わた、しっ……は、いい、からっ……」

「喋らないで。傷に障るよ……」


 ピンクを抱えたまま男を睨みつける。棍棒を担ぎ、にやにやと軽薄そうな笑みを浮かべていた。


「……」


 両手の痺れは収まった。今なら戦える。

 ……でも、あの男は私一人で叶う相手なのか? ピンクと協力して戦ったのに、このザマだ。ピンクを守りながら私一人であいつが倒せるのか……?





「諦めるのは早いよ」



 カツカツとヒールを鳴らし、ゆっくりと私に歩み寄る。



「一緒に戦おう。私はあいつのことをよく知っている。もちろん弱点もね」



 禍々しい闇の渦より取り出される黒剣。



「拳を構えて。ピンクを助けたいのなら今、すぐに」



 再び拳を握りしめる。




「作戦会議は終わりかァ?」

「君は余裕だな。そういうところが命取りになるっていつも言われているのに」

「なァに、お前だって戦わずして殺されたら成仏も出来ないだろうがよ。元同僚への最後の配慮さァ」

「……そうか。ならば私も最後の配慮を。毒は使わない。私は剣だけで戦う。不意打ちで死んだら成仏できないだろうから」


 くつくつと男は嗤う。心なしか結陽ゆうひも笑っているように見える。



「さァ、始めようぜ。俺たちの戦いをッ!」

 

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