35.

「たこ焼き美味しい! ビールに合う!」


 右手にたこ焼き、左手にビール。透子とうこは満面の笑みでテーブルの真ん中に陣取っていた。


「はい、次の焼けたよ! どんどん食べてね」


 凛華りんかさんは器用な手つきで、くるりくるりとたこ焼きをひっくり返していく。

 生地を流し込み、タコを入れて。適度に焼けてきたらひっくり返して。それを全部一人で軽々やっているのだから頭が上がらない。



「もうお腹いっぱいー」

「理央もー」


 それを何度か繰り返すと、双子の理愛りあちゃんと理央りおちゃんはお腹いっぱいになってしまったらしく、早々にギブアップした。


「食べ終わった皿は洗いに出してよ」


 同じくお腹いっぱいなのか、莉々りりもお皿を持って立ち上がった。

 テーブルには食べ盛りな琳太郎りんたろうくんとお酒を飲み続ける透子、凛華さんと私の四人になった。


「あの……」

「……なに?」


 控えめに、小さな声で琳太郎くんが話しかけてきた。まさか私に声をかけてくるとは思わなくて、肩が震えてしまった。


「北高って、どんな感じですか?」

「どんな感じって……?」

「えっと…………」

「琳太郎は北高志望だもんね」


 最後のたこ焼きを焼き終わって、ようやく腰を落ち着けた凛華さんが優しく声をかける。


「そう、なんです。だから学校の雰囲気とか、勉強のこととか。姉以外の人からもいろいろ聞きたくて……」

「そっか。うーん、雰囲気か……」


 受験生の琳太郎くんになんて言えば良いのかな。嘘をついて、楽しい、充実してるって言うのは簡単だ。でも出来ればそれはしたくない。


「先生が……」


 真剣な目で琳太郎くんは私の言葉を待つ。


「親身になって生徒のことを考えてくれる先生がいて、ね。すごく、助けられてるよ」

「……それは、具体的にどんな風に?」

「悩みを聞いてくれたり、時には本気で怒ったり。言っちゃえば生徒なんて他人なのに、自分のことのように親身になってくれるんだ。とにかく優しい、かな」


 もちろんそれは透子のことだ。学校でも私のことを気にかけてくれているのも知っている。

 私が出動して授業に出れなかった時は家で丁寧に教えてくれるし、学校でつまらなさそうにしていると必ず声をかけてくれる。

 いつも面と向かって言わないけどちゃんと感謝してる。

 でも、ここまで分かりやすく言っちゃったら、透子は自分のことだって分かってしまうかもしれない。

 それでいいか、と思う。私は素直に言えないから。せめて遠回しにでも伝われば良いなと思う。


「春ちゃん、それって……」


 全てを察した凛華さんが言いかける。

 少し照れ臭かったけど、そうだと頷く。琳太郎くんも分かってしまったのか、目を見開く。

 満を持して私は透子の方に顔を向けた。



「う……飲みすぎた……気持ち悪い…………お腹苦しい……うぇ…………」

「ええ……」


 ……そこには駄目な大人がいた。

 私たちが目を離している隙に冷蔵庫にあった全てのビールの缶を空け、人知れず悪酔いしていた。


「……吐く…………」

「待ってここで吐かないで、トイレで吐いてきて」


 限界が近い透子を引きずって何とかトイレに押し込む。


「う……おえ…………」


 扉の向こうからは形容しがたい音が聞こえる。中は見えないがきっと現場は大惨事だろう。


「全く、締まらないな……」


 ずるずると座り込み、扉に背もたれた。

 いつも飄々ひょうひょうとしていて何を考えているか分からない。でも確かな優しさがあって。それでいて酔っぱらって人の家で吐く、駄目な大人。

 その全てが透子の良さであり、悪さだ。

 そんな掴みどころのない透子だからこそ、愛おしく思う。

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