34.
話した。全部、全部話した。
私の家族、
苦しさも怒りも、ぐちゃぐちゃに混ざりあった真っ黒な感情を全部、全部だ。
上手く話せたかは分からない。時々言葉に詰まったり、感情が独り歩きしてしまったり。それでも
「……ハァ……ハァ…………」
息が苦しい。吸う事を忘れ、吐き出してばかりだったみたいだ。
「落ち着いて。深呼吸しよ?」
凛華さんは安心させるように私の肩を抱く。
言われるがままに呼吸を繰り返す。吸って、吐いて。また吸って。
少しだけ、落ち着いた気がする。
「頑張ったね」
ポンっと私の頭に手を乗せ、撫でる。
難しいことも怒るようなことも言わない。ただ、頑張ったね、と私を肯定する。
「私、頑張った……? 」
「うん、春ちゃんは頑張ったよ」
今まで、こんなに肯定されたことがなかったから涙が出そうになる。
でも、泣かない。
泣けない。
涙はとうの昔に枯れ果ててしまったから。
「偉い。春ちゃんは偉い」
とうとう凛華さんは私を抱きしめた。私より少しだけ背が高いから、自然と首筋に顔を
「……ようやく、春ちゃんの後ろにあるものが見えた」
抱きしめながら凛華さんは静かに言った。
「だからあんなに怪人を……」
そう。だから私は殺すことしか出来ないの。
「家族の復讐と結月ちゃんを助けるために春ちゃんは戦うんだね」
そう。だから私は戦うの。戦うしか、ないんだよ。
「春ちゃんの意思は分かった。これが春ちゃんの事情、か……」
小さく呟いて、凛華さんは腕の力を抜いた。
金木犀の香りに包まれながら次の言葉を待つ。
「……ヒーローって何なんだろうね」
心臓が痛い。私は、最初からヒーローなんかじゃなかった。仮面を着けても心は復讐のために黒く荒んでいた。ずっと、レッド失格だったんだ、私なんて。
「……ごめん、春ちゃんに言ったわけじゃないんだ」
沈む私を見かねて凛華さんは言う。私じゃなかったら誰に言うんだ。私以外はちゃんとヒーローしてるじゃないか。
「私もね、最初は不純な動機で始めたから」
「……え」
「うち、親がいなかったでしょ?」
「……うん」
確かに今日はずっと見ていない。箸もお皿もコップも兄妹の分しか置いていなかった。
「私が高校三年生の時に交通事故でね……。弟も妹もまだ小さいし、お金が必要だったの。だから私はコウセイジャーになった」
全然、知らなかった。
てっきり街のみんなのため、平和を守るためにコウセイジャーになったのかと思っていた。
「コウセイジャーってさ、お給料も出るし、危険手当も出るじゃない? 真っ当に働くより、お金が手に入りやすかったんだよ。それに戦いで死ねば……保険も出るし」
それは半年前、レッドになるにあたってサインした誓約書に書いてあったことだ。
私たちには莫大な保険金がかかっている。その保険金は大人が一生働いても稼げるか分からない、とてつもない金額だ。私たちが死ねば家族、関係者にお金が振り込まれることになっている。
もちろん一度戦うごとにお給料も出る。でも保険金とは違い、月のお給料はそこらへんのサラリーマンと変わらない額だ。
「……もしかして、死ぬつもりだった?」
「うん、最初はね」
莫大な保険金目当てで戦隊に入隊した人の話は聞いたことがある。戦うためではなく、死ぬために戦隊に入り、怪人を前に死んでいく。
入隊前に諸注意の一つとして聞いていたが、実際にそうしようとした人から話を聞くのは初めてだ。
初めてコウセイジャーになった時、どんな気持ちでバトルスーツを纏い、戦場に立ったのか。とても私には想像出来ない。
「死ぬつもりだったよ、そうすれば私の弟や妹たちは大学までお金に困らない。それぐらい莫大な金額。親が死に、お金も無い。途方に暮れていた私は目が
「…………なんで、生きようと思ったの?」
なぜ考えを変えたのか。それを聞きたい。
それが聞ければ私は凛華さんという人間を理解出来る。それに、それを聞いて私だって——。
「レッドが、透子さんがね、最初から諦めて死ぬつもり? 死にたきゃ全力で戦ってから死ねって」
「透子、そんなこと言ったの?」
「言われた時は本当にびっくりした。今の透子さんからは想像出来ないと思うけど、当時は……何と言うか、尖ってたんだよ、あの人も」
「…………」
想像出来なくは、ない。きっと詩乃さんが死んで心が限界だったと思うから。
「その透子さんがね、子供を助けたの。どうしても殺したい、復讐したい奴がいるって言っていたのに。復讐を投げ捨てて、子供を助けたんだよ」
それは、聞いた。昨日、透子から直接聞いた話だ。
「その子供がありがとうって。めちゃくちゃ感謝してた。今までずっと眉間に皺を寄せて戦っていた透子さんもその時だけは優しい顔をしてさ。透子さん、子供が去った後になんて言ったと思う?」
「…………分かんない」
「良かった、って。助けられて良かったって言ったんだよ。ああ、これが正義の味方なんだって。どれだけ復讐心に苛まれていても、透子さんのその行動は正義の味方そのものだった」
「…………」
「だから私もそうしたかった。透子さんみたいになりたかった」
「だから私は、正義の味方になりたいと思ったんだ」
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