26.

「——! ————!」


 声が聞こえる。でもノイズがひどくて何を言ってるのか聞き取れない。それにあたりは真っ暗だ。誰の声なのかも分からない。


「——! ——て!」


 その声は私に呼びかけるというより悲鳴に近い。

 何を叫んでいるんだろう。うるさくてたまらない。もう少し静かにしてほしい。


「——きて! ——る!」


 何も見えなかった真っ暗な世界が明けていく。ノイズだらけだった叫び声も徐々にクリアになっていく。


「——春!」

「…………えっ」


 目を開けると今にも泣きそうな透子とうこが私の手を握っていた。


「良かった……。気分は、体調はどう?」

「ちょっと頭が痛いくらいだけど……ここ…………どこ?」


 起き上がって周りを見てみると見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。


「医務室だよ。春、三階の吹き抜けで倒れてたんだよ。覚えてない?」

「三階の吹き抜け……」


 そうだ、思い出した。私は三階で奇妙な影を見た。人が倒れてると思い込んで駆けつけたら誰もいなくて、背後に敵か味方か分からない黒い人を見たんだ。


「ひっ、人が!」

「うわっ、急に立ち上がらないでよ」

「人が三階の手すりのところに!」

「何を、言ってるの……?」


 透子は眉をひそめ、理解が追い付かない顔をしている。


「何って、いたでしょ! 私が倒れてた場所に! 影みたいな、真っ黒な顔がない人が!」

「……誰もいなかったよ?」


 ……何が、起きてるんだ? 確かに私は見たはずだ。手を突き出し、苦しそうに私に歩み寄る黒い影のような人を。


「逃げた……?」

「そんなに言うなら監視カメラのデータでも見てみる?」


 言うや否や透子は机の引き出しからタブレット端末を取り出した。手早く画面をタップし、監視カメラのデータを見せてくれる。


「ほら、ちょうどこのカメラ、春が映ってるよ」


 食い入るように画面を見た。確かにそこには一階から駆け上がって肩で息をしている私が映っていた。きょろきょろと周りを見渡している。


「一階にいた時、ここに人が倒れてるように見えたんだよ。それで急いで三階に向かったの。その後、背後に変な黒い影のような人を見たはずなんだけど……」

「そんなものずっと映ってないよ?」


 私が一階から見上げていた影は映ってない。直接近くで見たわけじゃないからもしかしたら私の見間違いだったのかもしれない。

 でも背後に現れた影のような人は間違いなく見た。目の前で、私に手を伸ばすのを見た。だからきっとこのあと映るはず——


「……は?」


 誰もいない三階。誰に何かをされたわけでもないのに私は膝から崩れ落ちていった。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。おかしい——!


「……誰もいないよ?」

「そんな馬鹿な……!」


 映像を巻き戻し、もう一度確認したがやっぱり一人で倒れる私しか映っていなかった。

 私があんなに恐怖したあの影も、黒い世界も夢だったって言うの……?


「確かに……確かにいたんだよ、あそこに。なのに、なんで映ってない……?」

「落ち着いて。さっきまで気を失ってたんだから安静にしてないとだめ……それ、なに?」


 私を再びベッドに寝かせようとした透子が凍り付く。視線の先は私の左手首。


「なんだ……これ…………」


 透子の視線を追うように自分の左手首を見る。手のひらから少し下、動脈があるあたりに”10”と浮き上がっていた。


「数字……? なにこれ、消えない……!」


 擦っても、拭いても消えない。きっと水で洗っても消えない。


「……春、それ、いつから?」

「分かんないよ! 今日ここに来た時はなかった! 絶対なかったよ、こんなの!」

「……凛華と戦ったあとは?」

「たぶん、なかったと思う」


 ギリギリと歯ぎしりの音が聞こえる。もちろんその音を放っているのは私じゃない。


「……腕時計見せて」

「え?」

「いいから早く」


 せがまれて腕を差し出す。使い方は知っているから透子は素早くタップしていく。何事かと私も覗き込んでみると新しい武器用にインストールされた、まだ私も使ったことのないアプリを開いていた。


「……どうして」


 透子の悲痛な声が聞こえる。何か、悪い予感が的中したかのような、そんな声だった。



「呪いが発動してる……」

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