7.

 イエローは一通り話し終えて、深く息を吐く。


「俺のことただのカレー好きだと思ってたか? 意外に正義感あるんだぜ、俺。お前と比べたらまだまだかもしんねえけど。いつも最前線で敵に突っ込んでくところ、実は結構尊敬してるぜ。街の人、仲間のために体張って。まったく、さすがレッドだぜ」

「……そんなこと、ないよ」


 そんなふうにイエローが感じているとは思わなかった。

 尊敬してるだなんて。透子とうこから正義の味方としては落第と言われているこの私を尊敬してるだなんて。

 イエローは勘違いをしている。私が最前線で戦うのは決して他人のためじゃない。私が、私の手で怪人を倒したいからだ。尊敬されるようなことはしていない。

 そのことをイエローに言うつもりはない。他の三人にも。言う必要が無いから。私が最前線で戦うことをみんなが良しとしてるならそれで良い。それで良いんだ。

 自分にそう言い聞かせても胸の痛みは無視できない。純粋な気持ちで私を尊敬してると言ったイエローの言葉が私の胸に刺さっていた。

 そうこうしているうちに救護チームが到着し、イエローを連れ去って行く。少なくとも数日間は安静にしてろとのことだ。

 悪い、少しだけ戦線から外れる、と謝るイエローに気にするなと声をかけた。

 




「お疲れ様」


 イエローが去って、変身を解く。ここにはレッドの正体を知る透子しかいない。だから今、私の頭の上に置かれてる手も透子のものなわけで。


「……手、どけて」

「いいからいいから」


 良くない。透子は優しく労わるように私の頭を撫でる。甘やかされてるみたいで嫌だ。


「透子、もう帰ろう。帰って二度寝したい」

「ここからまあまあ遠いよ、うちのマンション。二度寝なんてもったいないしどこか買い物行ってから帰ろうよ」

「買い物……」


 正直眠たいからすぐにでも家に帰りたい。でも買い物と言われて思い出した。来週はたしか透子の誕生日だったはず。なら、どんなものをプレゼントするか下見するのも良いかもしれない。

 前々からプレゼントのことは考えていたけどピンとくるものがまだ思いついていない。今のところお酒が一番喜びそうですらある。未成年だから買えないけど。


「……いいよ、買い物。何買うの?」

「そうだよねぇ、疲れてるもんねぇ……って、え? マジ?」


 断られると思っていたらしい透子は盛大に驚く。


「服とか見に行こうよ。春、制服かバトルスーツばっかじゃん。私がお金払うし、試着だけでもしに行こうよ。あ、あと甘いもの食べたい」

「いいよ、服は。だって平日は学校行くだけだし、休みの日も出動するか家にいるかだしさ」

「良くなーい! 春は可愛いんだしさ、可愛い服着てるとこも見たいなって」

「透子、視力落ちた? 今日は買い物じゃなくて眼科行く?」


 別に目悪くないし、と抗議の声が聞こえる。透子が私の顔が可愛いなんて言うからだ。

 可愛くない。日夜怪人を殺すことだけを考えてる女子高生が可愛いはずがない。

 去年の、十六歳だった私なら可愛いと言われて無邪気に喜んだだろう。いつもおしゃれに気を使って、制服のスカート丈も校則より少しだけ短くしてみたり。私なりに可愛く見えるようにしていたから。

 でも今はそんなことは考えなくなってしまった。そんなことを考える暇もなく出動して戦って、報告書をまとめて。

 おしゃれが嫌なわけでは、ない。今の私を見て可愛いと言われるのは納得いかないだけ。お世辞なんて透子の口から聞きたくない。


「春、こっち向いて」

「……なに」


 私が顔を動かすより先に透子の両手が私の顔を包み込むように触れる。くいっと透子の方を向かされる。


「春は可愛いよ。私の可愛い生徒で同居人で弟子だから。私にとっては可愛くてしょうがないの」

「……知らないっ」


 手を剥がし、ぷいっとそっぽを向く。そんな真剣な顔で言われたら信じてしまいそうになる。子供みたいな自分の行動にも少しだけ嫌気がさす。

 剥がされた両手は懲りずにまた私の頬に触れる。


「そうやって反抗的な態度に出るのも可愛いなぁ……あんまり反抗的だとお仕置きしたくなるなぁ……」

「ちょ、っと。離して。分かったから、態度改めるから手離して」


 ゾクリとした。時々透子は怖いことを言う。一緒に暮らし始めた時に何度もルールを破ってお仕置きされたことがあるから分かる。お仕置きと言うか罰ゲームと言うか。とにかくそれは絶対避けたい。



「分かった! 服、見に行こう。でも私だけじゃなくて透子のも見るからね」

「本当? やったぁ!」




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