3.

 後処理や怪我人の手当を終え、急いで学校に戻る。まだ一時間目の途中らしい教室に静かに入り込む。

 ちらりと先生がこちらを見たが何も言わない。

 私は私で静かに教科書を開き、何事も無かったように授業を受ける。





「もうちょっと上手く立ち回ってよ」


 お昼休み、封鎖されているはずの屋上に私たちはいる。


「あんたこそ。さすがに遅れてきた生徒に何も言わないのは怪しかったでしょ」


 めんどくさいじゃんと言って煙草に火を灯した。もちろんここは学校内だから禁煙のはずだ。


「……くさい。臭いが制服につくから風上に立たないで」


 これは失礼、と全く反省してない声が聞こえる。一応私の要望には応え、風下に移動してくれた。


「新しいボイスチェンジャー、どんな感じ?」

「良い感じ。誰にもバレてないよ。これからもバレないし、バラさない」

「よろしい。これからもそうして」


 校内で昼間から煙草を吹かすこの女は私の親代わりであり、コウセイジャーレッドの教育係だ。

 家族を皆殺しにされたあの夜、私はこの女、朱藤しゅとう 透子とうこにスカウトされたのだ。



「一人で突っ込みすぎ。いくら命があっても足りない、そんなんじゃ」

「……分かってる」


 今日の戦闘データは既に透子も目を通している。教育係からすれば一人で突っ込み、あげく毒をくらうような私の戦い方は落第点だろう。

 そのまま嫌味と小言を言われると思ったが続きはなく、ため息を一つ。


「ま、気持ちは分かるけど」

「怒らないの?」

「怒っても直らないでしょうが」


 全くその通りだ。怪人を見たら勝手に身体が動く。この手が、足が、頭が。怪人を倒せと訴えてくるのだ。


はるさぁ、レッドらしくないのに一番レッドしてるよねぇ」

「どういう意味?」

「レッドって言うのは戦隊のリーダー。正義感が強く、真面目な男の子がスカウトされるんだけど」

「正義感なくて悪かったね」

「それだけでは務まらないと思ってるんだよ、私は。その点、春は良いね」


 正義感も無い、見知らぬ人のために命を投げ出すことも出来ない。私は私のために戦ってるだけ。そんな奴のどこが良いと思ったんだ、透子は。

 この際だから聞いてみたい。なんであの日、私をスカウトしたのか。


「なにが良いの? 今更だけどなんであの時スカウトしたの?」

「赤かったから」

「……は?」

「家族を皆殺しにされて、幼馴染も連れ去られて。そんな中で自分に迫ってくる結社の戦闘員を刺し殺したでしょ。あの返り血で真っ赤に染まった春を見て確信したんだよね。この子なら結社を滅ぼす、皆殺しにするって」

「そんなの……」


 ただの正当防衛、死にたくない私が抵抗した結果だ。あの時何もしなかったら私だって殺されていた。


「覚えてる? あの時、春、笑ってたんだよ。死んだ戦闘員の前で」

「……知らない」

「狂ってるくらいがちょうど良い。正気じゃ結社と戦えない」


 そんなの知らない。私はあの日連れ去られた結月ゆづきを取り戻すために戦っている。家族の仇だって打ちたい。こんなのただの私利私欲だ。


「正義の味方としては落第、結社を滅ぼすことに関しては満点だよ。春は」

「透子の評価なんて関係ない。私は結社を殺すだけ」

「それで良い。春はそのままで良いよ」


 これ以上話すつもりが無いのか、屋上の手すりに煙草を擦りつけて火を消した。扉に向かって歩いていく後ろ姿。


「もう昼休み終わるから戻るよ。報告書まとめといてね」

「分かってるよ」

「あ、そうだ。今日の夜ご飯なに?」

「カレー」


 三日前に食べたじゃんと扉の向こうから抗議する声が聞こえる。うるさいな、たまには透子が作れば良いじゃんと心の中で文句を言った。

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