2.

「おはようございます」


 先生に挨拶しながら校門をくぐる。レッドとして出動していない時は私はただの高校生だ。

 教室に入り、自分の席に着く。昨日は怪人と戦ってから家で報告書をまとめていた。おかげで寝不足だ。


 この世界には世界征服を企み、国際的に暗躍する悪の組織が存在する。名前も所在地も全てが謎に包まれている。私たちはそれを結社けっしゃと呼んでいる。

 結社は世界各地に支部が存在する。私が暮らす日本も当然、日本支部が存在している。

 人体実験を繰り返し、恐ろしい怪人を生み出す結社は文字通り世界の敵だ。だから国際的平和措置として世界各地に秘密防衛隊が存在している。

 その防衛隊の一つが私たちコウセイジャーだ。

 怪人が現れた時に日本支部から出動命令が出る。私たちはそれを受けて現場に急行する。ほら、こんなふうに。

 腕時計に出動命令の文字が表示された。行かないと。


「お腹痛いのでトイレ行ってきます!」


 ホームルームのために教室に入ろうとしていた担任の先生に一声かけ、走り抜ける。校舎を出て、裏門へ。こっそり学校を出て周りに誰もいないか確認する。

 よし、誰もいない。


「……変身!」


 腕時計に内蔵された専用アプリを起動する。何を隠そうこの腕時計こそが支部から支給されたアイテムなのだ。

 風が吹き荒れ、私を包み込む。赤いバトルスーツに素顔を隠す仮面。風の中でコウセイジャーレッドになっていく。

 このバトルスーツを着ている間は運動神経も戦闘力も普段とは比べ物にならないくらい向上する。私の神経を刺激して身体強化されるらしいが難しいことはよく分からない。

 このスーツを着れば私は戦える。それだけ分かっていれば十分だ。



『転送準備完了』


 腕時計から無機質な音声が鳴る。


「レッド、準備完了。転送スタート!」


 私の声に反応して腕時計が光る。怪人が出現した現場へ転送するために。


『了解シマシタ。転送開始シマス』


 口元のマイクをオンにして目を閉じる。次に目を開けた時は戦闘開始だ。




「ギギギギギギギギギギギギギギギ!」


 怪人の吠える声が聞こえる。身体は紫色、腕は鞭のようにしなる。おおよそ人間離れしたその見た目、本当に嫌いだ。見ているだけで身体が疼く。

 静かに目を開け、拳を構える。街の人に被害は出ていない。辺りを見回して息を吐く。

 まだ他の四人は来ていない。どうやら私が一番乗りのようだ。


「そこまでだ! 怪人トリガブド!」


 叫びながらまずは一発蹴りを入れる。紫色の身体が吹っ飛び不気味な悲鳴を上げる。


「ギヒヒヒ。ギヒ。オマエ、コウセイジャーダナ」


 吹っ飛ばされてひらりと起き上がる怪人。ダメージはなさそうだ。さっきの蹴りは挨拶代わりだからこんなんで倒れられても困るが。


「コウセイジャーレッドだ! お前たち結社の好きにはさせないぞ!」

 駆ける。一気に駆け抜け怪人の懐に入り込む。


「吹っ飛べ!」


 右手に力をめ、あごを狙って打つ。躊躇ちゅうちょも遠慮もしない一撃をお見舞いする。


「ギヒッ」


 トリガブドは四肢をくねらせ私の拳を避けた。だったら——!

 踏み込んだ左足で地面を蹴り、右膝でトリガブドの鳩尾みぞおちを蹴り上げる。

 これには反応できなかったらしく、三歩よろける。

 その三歩が命取りだ。


「掴んだ!」


 両手で首を掴み、トリガブドの身体を持ち上げる。じたばたと暴れるが離さない。きりきりと万力を締めるように、無慈悲に締める。

 時々ギヒギヒと苦悶の声が漏れても手は休めない。

 怪人は倒す。この手で必ず。

 お前らがいるから。お前ら、結社のせいで————!


「ギ、ヒヒ」


 ニヤリと笑い、トリガブドの目の奥が光った。

 なにか、嫌な予感が。


「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」


 口から紫色の煙が放出される。息を止めることも出来ず吸い込んでしまう。苦しい。痛い。これは毒?

 だんだん身体が重くなり、足元がおぼつかない。


「ぐ、げほっ」


 仮面を付けていても直接喉を焼かれたかのような痛みを感じる。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛みに耐えきれず手を離してしまった。


「ギヒ!」


 目の前にトリガブドが迫る。まずい————



「……火焔ファイヤー接続セット


 ガチャリと銃を構える音。


発射ショット!」


 放たれた赤の光線は決して外すことなくトリガブドの喉元をえぐる。まばゆい光が紫の煙霧えんむを吹き飛ばす。


「ギィィィィィィィィィィイイイイイイ!」


 喉元から燃え上がり、トリガブドは全身を焔で包む。腕を空に伸ばすが祈りも懺悔ざんげも無用。お前たちが堕ちるのは地獄ですらない、何もない場所だ。

 最後にギヒヒと笑いトリガブドは力尽きた。燃えカスのような黒い塊が紫の煙に包まれ消えていく。

 怪人を倒すといつもこうだ。証拠を残さないためなのか自然に消えてしまう。情報を得るためには生きて捕まえないといけない。


「おい、何してる」


 銃を下したブルーが近づいてくる。


「……ァ」


 何でもない。と言いたかったが声が出ない。喉の痛みがさっきより増している。


「さっきの煙吸い込んだのか? 待ってろ、確かグリーンが解毒剤を持っていたはずだ」



 ブルーに呼ばれ住人の避難誘導をしていたイエロー、グリーン、ピンクが駆けつける。

 ピンクが心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「また一人で突っ込んで! 戦う時は単独行動しない、二人以上で戦う事。基本でしょ?」

「あぶねぇなぁ。毒だったんだろ? いくらレッドでも特攻ばっかしてたら身体持たねえぞ」

「ああ、あった。これを」


 グリーンが差し出した瓶に入った薬を飲む。何とも言い難い味だ。


「まずい……」

「良薬口に苦し、だ」

「自分一人で突っ込んだ罰だな」


 やっと声が出るようになった。喉の熱さと痛みも和らいだ。

 こほんと咳ばらいをして立ち上がる。


「みんなありがとう。助かった。今度からは気を付けるから」


 やれやれと呆れる四人を前に謝る。



 でもこればっかりは直らないと思う。結社を、怪人を見ると身体が熱くなって言う事を聞かない。

 結社が憎い。怪人が憎い。

 私の家族を殺して、隣に住む幼馴染の家族を殺して。私の大事な幼馴染の黒野くろの 結月ゆづきを連れ去ったあいつらは許せない。

 

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