櫻の樹の下に死体を置いた
ナンジョー
第1話
櫻の樹の下に死体を置いた。
祖母が死んだ。唯一の親族であった。私が幼いころ両親は二人仲良く事故で逝った。祖父は私が生誕する前にあの世へ行った。 どちらの顔も思い出せない。写真が唯あるだけだ。 両者に差はない。 そのため家には祖母と私しかいなかった。 昭和に建てた古風の木造の家は私たちにとって広すぎた。 家の余白には寂寥でいっぱいだった。 今では家の全てがそうなった。 その家には小さな庭がある。そこには桜の樹が生えていた。樹齢は分からない。 春になると淡いピンクになり、庭を花びらで満たす。それを縁側から見る。 大人になってからも変わらない。ノスタルジックな気持ちに浸れる。 祖母がいない私だけの家にはピンク色はまだない。祖母が櫻が好きだった。 櫻を見る前に祖母は死んでしまった。 棺には造花の桜を入れてあげた。 祖母は偽りに包まれて焼かれ灰になった。骨壷も寂寥で満たされている。寂寥を抱え、襖に凭れる。 桜は少し色づいている。
葬式から1日立ち、感情が正常に戻っていた。骨は墓にしまうものだ、という至極当然な思考が浮かんできた。もう骨をしまってもいいだろうと思い我が家の墓地に行った。両親も祖父もそこに埋まっている。遺灰を墓に入れるため、墓をあける、中は寂寥で満たされていた。虚無だ。そこには何も無い。無い訳がない。私の脳味噌は虚無になった。墓に引き摺り込まれるような感覚に陥った。墓を閉めた。私は未だそこに存在していた。祖母の骨も私の腕の中に存在していた。 家に戻る。 櫻の樹は依然、鮮やかだ。 机に骨壷置き、眠った。 起きて眠った。無意味な脱力的な日を幾らか過ごした。 ある晩、夢を見た。 夢の中には純白の空間があった。 満開の櫻があった。そのふもとには人がいた。見覚えがある。写真で見たことがある。祖父がいる。両親もいる。祖母はそれを見ている。それらを艶やかな櫻が包み込んでいる。 私は櫻の外にいる。中に入りたいと思った。
夢から覚めた。ドロっとした汗が皮膚に纏わりついている。布団でそれを拭い、身体を起こした。 寝室の障子から月明かりの様な柔らかな光が降り込んでいる。朝の様だ。 障子を音をたてながら開けると庭が目前に広がる。庭はモノクロでない。 櫻は満開だ。私は倉庫から錆びついた園芸用のスコップをかっぱらってきて櫻の根元を掘った。 壺が収まるくらいの深さを。 顔を土に埋めた。温かった。温もりだ。懐かしい感じ感じがした。 白い破片があった。 櫻の下には確かに居た。 早速祖母の骨壷を櫻の下に持っていき蓋を開けた。中は詰まっている。 掘った穴に祖母をまく。埋葬する。土を戻す。更に温もりを感じた。見上げると鮮血の様な色の花の破片が降ってきた。 幸せだと思った。 充実した。手元には空っぽの壺が未だあった。 壺をそこら辺に行き、台所へ走る。包丁を手に取る。 裸足のまま櫻の根元付近に凭れる。 背中は温かい。 鋭利な輝く金属を腹部に入れる。 腹部が温かい。創口には櫻と同じになった。 櫻の花が私に降り、庭と同じ様に覆われる。 庭は赤っぽい色のもので覆われた。 それは櫻なのであろう。 縁側には4つの影がそれを見ていた。
櫻の樹の下に死体を置いた ナンジョー @nanjoseiya
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