第31話 慰めの言葉は、見つからないまま。
エクトルと従僕たちに後処理を任せて、王子と私は馬車に乗って王城へと向かっていた。護衛はブノワ一人。さらに薄くなった警備に頭を抱えつつも、今襲撃されたらどうするかという想定を続けるしかない。
「ジュディット、ごめん。本当は転移門を使えるけど、考える時間が欲しい」
そう言ってから、王子はずっと無言で窓の外を見つめている。目の前で男爵が死んだことの衝撃は私の心も重くしている。ましてや酒を酌み交わし、熱く議論を交わしていた相手となれば、想像以上に辛いものだろう。慰めの言葉は思いつかない。
エルベ男爵が魔術師になれる程の魔力を有しているとは気が付かなかった。魔鳥を操る犯人と結託していた魔術師と考えて良いのだろうか。それにしては、魔力が弱いと感じたのは何故だろう。港町の魔術師ユベールが私に見せた魔法とは比較にならず、服の下に隠したペンダントが重く感じる。
王子の言葉の断片から想像すると、犯人は王家を排して新しい秩序を目指している。三十年前から始まったというのなら、何故、魔鳥で農作物に害を与えるという回りくどい方法を取っているのだろうか。魔鳥を使役できるのなら、王女を狙ったように王族を……と考えた時、先代の第三王子が命を落としていることを思い出した。
犯人が先代の王か第一王子を狙って殺害したものの、何故か死んだのは第三王子。……王家は他にも命の予備を準備しているかもしれない。何度殺しても死ぬのは別人となれば、犯人は別の方法を考えるだろう。
同じく考え込んでいた私に、王子が問いを発する。
「……ジュディット、何か聞きたいことがある?」
「犯人は、何故農作物を狙うのでしょうか」
子供のような問いにも関わらず、王子は答えてくれた。
「農作物に害が出ると村は領主に助けを求める。我が国の領主たちは、過去の教訓から多少の備蓄を欠かさないが、何年も続けばその備蓄は尽きるし、他の村から農作物を買うことになって私財を削ることになる。そうなる前に王家に相談してくれればいいが、古くから続く名家は王家を自分たちが支えているということを誇りにしているからね。王家に弱味を見せるのを嫌がるんだ」
「困っている所に、犯人は援助を持ちかける。農作物を無償提供ではなく、貸与という形で領主の体面を護るふりをしながら弱味を握る。犯人はそうやって、多くの領主たちを自らの勢力下に置いた。もちろん中には反発して援助を受けない者もいる。自力で何とかしようと努力をする者もいるだろう。危機を察知して王家に助けを求める者もいる」
そこまで聞けば、鈍い私にも理解できた。王家に次ぐ権力を持つバルニエ公爵家が裏でそんな工作をしていたと俄かには信じがたくても、唐突に没落した貴族の領地を、助ける名目で買い上げるのはいつもバルニエ公爵家だった。それに、いつも温和だと思っていたバルニエ公爵には裏の顔がある。
「……王子……まさか……その犯人は……」
私の言葉は、唇に触れた王子の指によって止められた。
「その名前は今は口にしないで欲しい。想定外が続いたけれど、ジュディットのおかげで様々な物がはっきりと見えてきた。敵の姿が見えるのなら有利に戦うこともできる」
「王家と犯人勢力との内戦が起きて国内が二分してどちらかが倒れた時、国力は大きく削がれてしまう。我が国は資源も豊富で、隠された鉱脈もある。常に他国が狙っている状況で、大きな隙を作ってしまうことになれば攻め入られる可能性も高い。それは犯人も望んでいない」
「皮肉な話だけど、犯人もこの国をとても大事に思っているんだ。この国を護るために自分は良いことをしていると思い込んでる。自分が正義だと信じて疑わないから、邪魔をする者は排除するという極端な思考になってる」
王子の言葉を聞いて、純粋な疑問が心に浮かんだ。
「どうして王家と協力して国を栄えさせようという考えに至らずに王族を排除しようとするのですか?」
「昔、この国には強い魔力保持者が大勢いた。王城も中央神殿も、大部分は魔法で建てられたという伝承が王家には残っている。犯人は王家による女神信仰が原因で、この国の魔力保持者が減っていると考えているんだ。女神を否定し精霊信仰を主流にして魔力保持者を増やし、魔法王国として栄えさせることが自分たちの使命だと信じている」
「精霊信仰で魔力保持者が増える? そんな話は聞いたこともありません」
「僕も聞いたことがないし、王家に仕える魔術師たちも否定している。……ユベールも否定しているよ」
港町の魔術師ユベールの名を口にした王子の表情が少々寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。少々の沈黙の後、王子が意を決したように口を開いた。
「もし、僕が負けた時には……ロザリーヌの所に行って欲しい。もしも魔物が追ってきたとしても、あの国の守護鳥が護ってくれるはずだ」
その言葉で気が付いた。王子がアリシアとの婚約を破棄して私と過ごしているのは、バルニエ公爵と戦う覚悟をしたからではないだろうか。
「王子、何をおっしゃっているのですか? 戦いの前に負けることを前提にして語らないで下さい。主君である貴方は、必ず勝つと臣下に宣言するお立場です」
これは騎士としての私の言葉。困ったように微笑む王子に対して言葉を続ける。
「……ですが、今だけは、そのお立場をお忘れ下さい」
慰める為の言葉はどうしても思いつかなかった。右に座る王子の肩を抱き寄せて、無理矢理私へと寄り掛からせる。年下といえども、男女の体格差は仕方ない。
「……膝を借りてもいいかな?」
「どうぞ」
耳を赤くした王子の頭を膝に乗せ、その柔らかな金髪を撫でる。静かな寝息を聞きながら、私はどうすれば王子が勝てるのか考え続けていた。
◆
夕闇が迫る馬車の中、膝の上で目覚めた王子は転移門を使って私だけを伴い王城へと戻った。護衛騎士ブノワは後始末をするエクトルと合流してから馬で戻ってくる。
「お帰りなさいませ」
紺色の髪に青紺色の瞳を持つ側近のシャイエは、あからさまにほっとした顔で王子を出迎えた。今日も地味な茶系の上着とトラウザーズを上品に着こなしている。護衛騎士ブノワとエクトルを王子の視察に派遣したのはシャイエだったと思い出す。
「ああ。心配を掛けた。何か変わったことはあっただろうか?」
「いいえ。ございません」
シャイエの他に、壁際には数名の従僕が並んでいる為なのか、王子は王子の仮面を着けたまま。私は王子の腕にそっと手を掛けるだけ。
「視察はいかがでしたか」
「満足はしていない。その件については執務室で話そう。まずは砂埃を落として着替えてからだ」
私を部屋まで送ると言う王子の申し出を断り、私は一人で自室へと向かう。たとえ危険があったとしても、対処できる自信はある。
誰もいない王女の部屋の前を通り過ぎようとした時、物陰に佇んでいた王子の側近ジュリオに呼び止められた。白金色の髪に水色の瞳の無表情。鉄紺色の上着に黒のトラウザーズという暗い色合いが影に溶け込み、この世の者ではないように見えて戸惑う。
「王子の為に、貴女の御力を貸していただけないでしょうか」
静かな声は緊張をはらんでいる。王子の為とはどういうことだろうか。廊下でする話ではないと判断した私が答えずにいると、ジュリオが差し出した右手の平に紫色の光が煌めいた。
「防音と私の姿を消す結界を張りました。どうか話だけでもお聞きください。貴女に危害を加えないと誓います」
迷ったのは一瞬。女性が苦手だと思われる男が、こうして訪ねてくるのなら何か重大な理由があるのだろう。
私は自室へとジュリオを迎え入れて、話を聞くことにした。
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