第27話 魔力と神力、王子の剣に煌めく。
「……どうでしょうか」
手の中の銀の指輪を、神官長に差し出しても困ったような表情が返ってくるだけ。神力によって聖別されたという清らかな銀の指輪でも、先程のような大量な力の流入は感じない。
「何故でしょう? 神力が若干込められてはいますが、聖具までは到達しておりませんね」
神官ドニが首を捻りながら、私の手から指輪を取り上げた。
テーブルの上には金銀の指輪や腕輪に首飾りが置かれている。これで二十個目。最初の王子の指輪以外、何を試しても聖具と言える物は出来上がらない。王子の指輪は魔力で作られた物ではなく、職人が〝王子妃の指輪〟を参考にして作った物。
「ジュディット、何が違うのか感じたことがあれば教えて欲しい」
「王子の指輪を手にした際には、清浄な気を感じました。恐らく宝石からだと思ったのですが」
テーブルの上の指輪や腕輪には、エメラルドや宝石が嵌められた物もある。どれ一つとして同じ清浄の気を感じることはできなかった。
「王子、確認したいので指輪を外して頂けませんか?」
「一生固定する結界魔法だから、僕が命を落とさないと外せないよ」
静かに微笑む王子の返答を聞き、舌打ちしそうになったのを慌てて堪える。騎士仲間の間では冗談で許されても、貴人相手に絶対にしてはならない非礼行為。
……王子を仮死状態にして〝王子妃の指輪〟を外すだけでなく王子の指輪を外すという仕事が増えてしまったと考えると頭が痛い。
「短剣ではどうだろうか」
そう言った王子の手に、どこからともなく銀色の短剣が現れた。魔法ではなく、袖か上着の裾に隠していたと推測できる。私の父から教わった技だろう。
短剣を受け取ると特別な装飾も無いにも関わらず、鍛冶屋のロランの作だと感じた。持った瞬間、絶妙な重さの配分で手に馴染む。
「これは……ロランの作ですか?」
「その通り。いざという時に惜しみなく使えるよう、簡素に仕上げてもらっている」
中心部の厚みはしっかりとしていて、刃は薄く鋭い。これなら刃は欠けても、ある程度なら長剣を受け止めることも可能だろう。刃先は鋭く、まっすぐに投擲すれば対象物に刺さる。
「良い短剣ですね」
護身用として最適と考えながら、王子から逃げる途中でロランの鍛冶屋に寄ることができないかと思いついた。この短剣は素晴らしいと思う。
目を閉じて息を整え白い光を込めようとしても、やはり上手くはいかない。
「ジュディット、無理はしなくていい。聖具となったこの指輪にどんな効力があるのか確認しよう」
理想の王子の顔をした王子は凛々しく見えて、胸がどきりとする。短剣を手渡し、私はそっと高鳴る胸を押さえた。
◆
これまで私が全く近づいたことのなかった神殿の奥には石畳で覆われた小さな中庭があった。面した建物には窓一つなく、白い壁に囲まれ、青空が四角く切り取られている。端に水場が作られていて、澄んだ水が湧きだしている。
「ここは神殿に持ち込まれた呪物や穢れた物を清める場所の一つだ。まずは僕の魔力を見せよう」
王子は護衛騎士から剣を借りて構えた。王子が何かを呟くと、剣身が赤い光を発して炎をまとう。
「……あ……」
美しい。そう思った。炎をまとった剣を王子が振るう姿は、背筋がぞくぞくと震えるほど興奮する。時折、炎の中から現れる銀色の刃の煌めきが心をときめかせる。
「指輪に込められたジュディットの神力を使う」
赤い炎が消え、剣身が白く光り輝くと王子の周囲の空気が澄んだ。剣が描く軌道は鋭さを増し、その危うい煌めきに心が囚われる。
鋭い目をした王子と視線がぶつかった。普段とは違うその瞳は、戦うことを楽しんでいる。魔鳥と戦っている時に何度も見たことはあっても、こうして静かな場所で見ると凛々しさと勇猛さに心が震える。
私は、この人の隣で戦っていたのか。
ときめく心の高まりを感じて、戸惑う。その事実が光栄というより素直に嬉しいと感じる。
「次に僕がジュディットと戦う間に生み出した技を見せよう」
白い光を覆うようにして赤い光が現れた。赤い光の中、白い光が星々の煌めきのように輝く。
「僕の魔力にジュディットの神力を混ぜることで、神力のない僕が穢れた魔鳥を完全消滅させることができたのだと推測する」
王子が剣を振り抜き、光が消えた剣身を鞘へと戻す。……もっと見ていたかった。
「魔力と神力の混合ですか。長く神官を務めておりますが、初めて拝見いたしました。これなら悪しき物も斬ることができるでしょう」
息を詰めて見ていた神官長が、感嘆の声を上げる。
「指輪の神力量はどうでしょう。減りましたか?」
いつのまにか両手で丸い水晶を持っていたドニが王子に問いかける。
「使うと一時的に減るのを感じるが、すぐに元に戻る。ジュディットに変化は無かっただろうか」
「大丈夫です。ジュディット様の神力量に変化はありませんでした。まさに聖具として完成された指輪ですね」
どうやら水晶は神力量を見る為の道具らしい。王子とドニのやり取りから、私の神力量も観察されていたことを知る。思い返してみても、私には何の変化もなかった。……高鳴る胸の鼓動は知られていないと思いたい。
「後は僕単独で魔鳥が見えるかどうかだが、確認できるのは後日になる」
「どうやって確認するのですか?」
「ケイツ村の近くに、魔鳥の被害にあっていると思われる村がある。すでに廃村になってしまっているが、視察前に訪れたい。ジュディット、同行してくれるだろうか」
王子に同行を求められることが嬉しい。胸に右手を当てて背筋を伸ばす。
「はい。同行致します」
私の答えを聞いた王子が一瞬困ったような顔をして、控えていたティエリーとドニが噴き出すように笑い出した。
◆
神殿から王城へと戻り、王子は私を王城庭園へと連れ出した。王子が差し出した腕に手を添えて、隣を歩く。前には護衛騎士一人、後ろにはティエリーと護衛騎士一人という王族としては最小限の護りに内心驚くしかない。王女には侍女や護衛が常に十人近く付いていた。
花と緑に溢れる庭園の小道を歩いていると、正面から妻を連れた宰相が現れた。王子の進路を塞がないようにと、宰相と妻が道を譲る。
「変わりはないか」
王子が立ち止まって宰相に声を掛ける。
「はい。変わりはございません。この度は、誠におめでとうございます」
満面の笑みの宰相と妻の祝辞を受け、背筋が凍る。もしかしたら、これは王子の婚約者としての御披露目ではないだろうか。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
王子が笑顔で応えているのだから私も応えなければと笑顔を作り言葉を返す。貴人に恥をかかせることは許されない。
庭園を歩くと、大臣や高位貴族夫妻たちが次々と現れて祝いの言葉を述べていった。バルニエ公爵夫妻が現れなかったことだけが唯一の救い。
長い時間歩き続け、バルニエ公爵と懇意の貴族や下位貴族を除いた人々との挨拶が終わった。
「……すまない。正規の婚約式は、もう少し先になる」
「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「先日、バルニエ公爵に直接説明する予定だったが体調不良ということで断られた。内密にアリシアに替わりの縁談を用意していると連絡したが返事がない」
王子の口からアリシアの名前が出て、体が強張る。……私は王子の隣にはいてはいけない女だったと改めて思い知らされて、心がずきずきと痛む。
バルニエ公爵が承知しなくても大丈夫だと王子は言っていたのに、全然大丈夫ではなかった。我が国一番の権力を誇る公爵家を敵に回してしまっては、国が分断される結果にもなりかねない。やはり私が消え去るのが一番の解決策だろう。
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