第23話 三人の側近、王子の寝室にて。
倒れた王子は、従僕と駆け付けた側近によって寝室へと運ばれた。医術師の診察が行われる間、私は寝室の扉の前で後悔していた。
馬車の移動と魔鳥退治の疲労も取れないうちに、外国への転移魔法。私の為に掛けてしまった負担を思うと、自分を責めるしかない。……魔鳥退治に協力などと言っていないで、早く逃げてしまえばよかったのだろうか。
王子の三人の側近のうち、紺色の髪をした青年が近づいてきた。淡いベージュ色の上着に茶色のトラウザーズ、首元に結ばれたタイには王子の紋章のピンが輝く。
「ジュディット様、挨拶が遅れまして申し訳ございません。シャイエ・デュノアでございます」
確かデュノア伯爵家の第二子と記憶している。年齢は私と同じ。騎士の礼で返しそうになってドレスで気が付いた。慌てて貴婦人の礼で返して挨拶を行う。
「よろしければ、宝冠類をお預かりいたします」
シャイエの申し出に私は素直に頷いた。王子が倒れた際、助けようとしたのに宝冠や首飾りが重くて邪魔だった。美しく威厳のある芸術品でも、いざという時には動きを妨げる物でしかない。
「……ジュディット様が更衣なさる前に、王子の手で外して下さいと申し上げていたのですが、忘れていらっしゃったようですね」
私が外した宝冠を受け取るシャイエの口調があまりにものんびりとしているので、内心苛立つ。側近だというのに、王子が心配ではないのだろうか。そんな感情が顔に出てしまったのかもしれない。シャイエが困ったように眉尻を下げて苦笑する。
「えーっとですね。私の口から申し上げるのは……と思いましたが、ご心配でしょうからお教えします。王子が倒れたのは空腹です」
耳が壊れたかと思った。空腹で倒れる? 昨晩、王子はいつもと同じで大量に食べていた。朝食を抜いたからといって、倒れるものなのだろうか。
「昨夜お戻りになってから、何も食べずに朝を迎えて出発されたのです。あちらでも何もお食べになっていなかったのでは?」
「あの……少々の果物を口にしていらっしゃいました」
瑞々しい大粒のぶどうをいくつか口にしただけ。
「ジュディット様の前で格好を付けたかったのでしょう。王子が食べない時には無理にでも食べさせて下さいね」
ふわりと微笑んだシャイエの言葉が理解できずに固まっていると寝室の扉が開いて薄水色の上着を着た医術師が出てきた。
「いかがでしたか?」
「ふむ。いつもの空腹の上に睡眠不足ですな。今日は一日ベッドに縛り付けて、よく食べて眠れば大丈夫でしょう。若いというのはうらやましいことです」
壮年の医術師が肩をすくめ、シャイエが困った顔で笑う。
「ジュディット様、どうぞ」
シャイエに促されて寝室に入ると、ベッドで王子が眠っていた。顔色は青く、とても空腹が原因とは思えない。
王子が使っている天蓋付きのベッドは王族にしては小さい。大人四人がきっちりと並んで眠れる程度。重厚な飴色の家具は歴史を感じさせる。部屋の壁には剣や短剣、武器が飾ってあり、本棚には本がぎっしりと並び、座り心地の良さそうなカウチが置かれていた。
「お手数ですが、王子を起こしてスープを食べさせて頂けませんか」
「はい」
ちょうど別の側近がワゴンに乗せたスープ壺とパンを運んできた。従僕が用意した水で手を洗い、王子へと手を伸ばす。
「王子」
肩に手を乗せて軽く揺さぶると、青い瞳がうっすらと現れた。
「王子、スープはいかがで……!」
微笑んだ王子が一瞬赤い魔力光に包まれ、私の腕を掴んで抱き寄せる。重いドレスを着たままの私が、王子の上に倒れ込んでしまった。
「ジュディット……」
口づけできそうな距離に血の気が引くと、王子の目は閉じられて寝息に変わった。……微笑みながら眠る王子の顔がとても可愛くて、どきどきと胸の鼓動が跳ね上がる。
「……これは……私たちはお邪魔でしょうか」
シャイエの声で我に返った私は、私を抱きしめる王子の腕を思いっきりつねり上げた。
◆
「もう一杯いいかな?」
「はい。もちろんです」
夜着を着てベッドの上に半身を起こして座った王子に、私はスープが入った椀を手渡す。王子の食事に慣れた私には、八杯目でも気にならない。
起きてすぐに、よくこれだけ食べられるものだと感心しながら、スープを飲み干す姿を見つめる。
「……せっかく頑張ってきたのに、格好悪い所を見せちゃったな……」
「倒れるまで我慢なさらないで下さい。食事をすることは恥ではありません」
「今朝は緊張していて、食べる気分にならなかったんだ」
「そうなのですか?」
思い返しても緊張しているようには見えなかった。王子の耳がみるみるうちに赤く染まっていく。
「……ジュディットがとても可愛くて……騎士姿は凛々しくて綺麗だけど、ドレス姿は可愛……!」
その言葉を止める為、私の手は王子の口にパンを突っ込んでいた。もそもそと王子が咀嚼していくのを手伝い、手のひら大のパンが王子の胃の中に消えた。
唐突すぎる褒め言葉を聞いて、顔が赤くなっている自覚はある。背後に控えている側近や従僕たちがどんな顔をしているのか、振り返って確認したくない。
「もう一ついいかな?」
ほわほわと笑う王子の耳も赤く、私は現実逃避しながら二つ目のパンを手に取った。
◆
十五杯のスープと十個のパンを食べた王子の顔色はすっかり良くなった。そのまま起き上がろうとした王子を問答無用でベッドに沈め、眠りについたことを確認して安堵の息を吐く。
「ジュディット様、お疲れさまでした。着替えをされてはいかがでしょうか」
シャイエとは違う声に振り向くと、側近の二人がいてシャイエの姿はない。金褐色に緑色の瞳という私と同じ色彩の青年が微笑む。落ち着いた緑色の上着に黒のトラウザーズ。タイには王子の紋章のピンが輝く。
「シャイエは宝冠を宝物庫に戻しに行きました。私はジュリオ・ロージェルです。以後お見知りおきを」
私の困惑を察したのか、白金色の髪に水色の瞳の無表情の青年が答えて名を名乗る。紺色の上着に黒のトラウザーズという地味な色合いが、髪色を際立たせていて、近づきがたい印象を与える。こちらもタイに王子の紋章のピンが輝いている。
ロージェルと家名を聞いて挨拶を返しても、すぐには爵位が出てこない。挨拶を返しながら頭に叩き込んだ名簿を確認して、ロージェル子爵家かと思い出した。当主や第一子ではないことはわかっても、聞くことはためらわれる。
「そういえば、私も名を名乗っておりませんでした。大変失礼致しました。ティエリー・モンドンヴィルです。以後お見知りおきを」
その家名は辺境伯のもの。顔を見て第三子と確認した。
側近に侯爵家の子息が一人もいないのは、第三王子という立場が不安定であるからかもしれない。兄二人がいれば王になる可能性は低く、将来の公爵位は約束されていても公爵の側近止まりで大臣の職に就くのは難しい。
ましてや秘密とはいえ、王子が王と第一王子の命の予備と知れば、誰も側近になろうとは思わないかもしれない。
「それでは着替えて参ります。すぐに戻りますので、後をお願い致します」
反射的に騎士の挨拶をしてしまい、側近二人の驚く顔を見て、慌てて貴婦人の礼を行う。
「失礼致しました。まだ慣れておりませんので」
「いえ。ドレス姿の騎士も美しいものだと認識を改めました」
私の失礼を何とも思っていない風で、さらりとティエリーが微笑む。褒め言葉が妙に慣れているように思うのは気のせいではないと思う。ジュリオは口を引き結んで、軽く会釈するのみ。こちらは女性が苦手なのかもしれない。
二人の側近に見送られ、私は王女の更衣室へと向かった。
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