第18話 護衛騎士二人、表情を凍らせる。

 私の拳を受け盛大にしょんぼりとした王子は、再度眠ってしまった。壁に寄り掛かり、眉尻を下げたままの寝顔が可愛いと思ってはいけないと思う。


 熱くなった顔を手であおいで冷まし、早く指輪を外さなければと思いながらも魔鳥の件が気に掛かる。国中の魔鳥を倒し、根本原因を叩くまでと考えると、どれだけ時間が必要なのか。


 逃げる最大の期限は結婚式直前。これから王都に帰って結婚式の準備をするのであれば、少なくとも半年は必要。そう考えると半年の時間がある。その間に魔鳥の件を解決したい。


 見てしまった魔鳥を放置して逃亡することは難しい。〝華嵐の剣〟が視覚化の鍵になっているから尚更。……神力があれば誰でも見られるのなら、他者に託すことも可能か。


 ……少なすぎる情報で何かを思考し判断するのは無駄だと学んできた。もっと情報を集めなければ。


 短い溜息で気持ちを切り替えて、私は窓の外に流れていく風景に目を向けた。


      ◆


 二日目の宿は特に何も起きず、問題なくお湯も出た。夜はベッドの中央に枕を縦に置くことで乗り切った。……朝、目が覚めた時、私が枕を腕に抱きしめていたことは秘密にしておきたい。


 自分の寝相がこんなに悪いとは知らなかった。いつも一人用のベッドだったから気が付かなかっただけなのかと背筋が寒い。


 馬車は街道から土の道へと逸れ、速度を落とす。どこへ向かうのかと景色を見ていると、荒れた畑と飛び交う魔鳥が目に入った。その数はざっと確認しただけでも五十を超える。


「王子!」

 振り返ると緊張した面持ちの王子が同じ窓の外を見ていた。狭い馬車の中、王子の体と私の服は接触している。


「見えますか?」

「ああ。見えるよ。……ここまでとは思わなかった……」

 柵で区切られた草原には、魔鳥に喰われて半分骨になった家畜の死骸があちこちに転がっている。


 がらがらと音を立てて、荷物と人を沢山のせた荷馬車がすれ違う。馬一頭で引ける人数ではないと思っても、何も出来ないことが心苦しい。


「一体何が……」

「村長の家に行こう」

 王子が窓を開けて顔を出して御者へと行き先を叫び、馬車は速度を上げて土の道を走る。その間も畑には枯れた作物や倒れた家畜が視界を流れていく。


 まだ生きている家畜の背には魔鳥が乗り、その体にくちばしで穴を開けて血をすすっている。家畜が魔鳥を振り払おうと暴れても、一度離れてはまた戻る。


 馬車が停まり、王子は馬車に結界魔法を掛け村長の家へと走った。王子が木の扉を叩いて叫ぶと、小さな覗き窓が開く。

「ど、どなたですかな」

「ルシアンだ! 村長、何があったんだ!」

 王子とわかったのか、家の中にいた村長が扉を開けた。家の中には村長の他は誰もいない。


「……皆、逃がしました。村に残っているのは私だけです」

 老齢の村長の顔色は悪く、体を震わせている。

「何があったのか教えてくれないか?」

 王子は村長の手を取り、その背をかがめて背が低い村長と視線を合わせる。私にも何かできないかと考えて、私は村長の震える肩に手を置いた。


「十日前、村で祀っていた女神像が壊されました。それから突然作物のすべてが枯れ始めたのです。たった数日で畑が荒地になり、家畜の体からは血が噴き出して死んでしまう。驚いた私たちは領主様や神殿に助けを求めましたが、まだ返事はないのです。このままでは人が死ぬのではないかと恐れた村人は一人二人と村を去り、先程私の家族を送り出しました」


「貴方は何故残っているのですか?」

「助けを求めたのですから、誰かが来るのを待つ者が必要でしょう。置手紙も書いてはおりますが、やはり人が説明した方が良いと思ったのです……」

 泣き崩れた老人を手近な椅子に座らせて、王子は立ち上がった。

 

「……ジュディット、力を貸して欲しい」

「はい。もちろん」

 まずは魔鳥を退治しなければ。王子と視線を交わして頷き合う。


 村長に待っているようにと指示をして、村長に教えられた女神像の場所へと走る。魔鳥たちは私たちに目もくれずに家畜を喰い、作物を荒らしている。私にその姿が見えているとは思っていないのだろう。


 林の中、白い石で出来た等身大の女神像は割れ落ち、特に頭は原型が全くわからないくらいに粉々に砕かれていた。

「酷いな……」

「何と言うことを……」

 創世の女神像を破壊するなんて、どんな理由があっても許されない。


「簡単には修復できないように念入りに壊してるね。……昔から女神を祀っている村は被害が少なかったんだ。神殿のある町や周辺の村は全く被害がない」

「女神を祀っている場所では、魔鳥が活動しにくかったということでしょうか」


「そうだろうね。ただ、被害が起きた村に後から女神を祀っても被害は減らなかったから無関係かと思っていた」

 見上げる林の上、黒い不吉な鳥たちが鳴いている。その姿は先日の倍に近い。王子はシャツのボタンを引きちぎり、村を包む結界魔法を発動させた。


「ジュディット!」

開錠アンロック! 〝華嵐の剣ストーム・ブレイド〟!」

 白く光る魔法陣と花びらと共に現れた剣を見て、魔鳥たちが一斉にざわめいて飛び立った。


      ◆


 長い長い戦闘の末に、すべての魔鳥を斬り裂いた。王子と二人、荒い息を整えながら座り込む。五十羽どころか二百羽以上いたように思う。途中で数えるのは諦めた。


「これで全部でしょうか」

「ああ。気配は消えた」

 王子が手の中の赤い光の魔法陣を握り潰して、息を吐く。王子が立ち上がるのを見て、立ち上がろうとしても体が動かない。


「申し訳ありません。あと少しだけ……」

 休ませて欲しいという言葉の前に、王子が私を軽々と抱き上げた。


「お、お、王子っ?」

「どうせなら、村長の家で休ませてもらおうよ」

 王子も疲れているはずなのに。そうは思っても動かない体では何を言っても無駄。せめて邪魔をしないようにと抵抗する動きを止める。


「ジュディットは絶対に落とさないから安心して」

 ほわほわとした王子の微笑みが、胸の鼓動を高鳴らせる。これはきっと戦闘後の高揚のせいだと思ってみても、顔が熱くなるのは止められない。


 王子の歩みはしっかりしていて頼もしい。王子の顔を見ると恥ずかしいので、王子の肩越しに倒れた女神像を見る。一体誰が壊したのかと考えるだけでも怒りが湧いてきた。


 魔鳥の姿が消えた村は静寂に包まれ、辛うじて生き残っていた家畜たちだけが静かにたたずんでいる。誰も人がいない光景は寂しくてつらい。


 村長の家の近くまで戻った時、二頭の馬が走ってくるのが見えた。見覚えのある騎士団のマントがひるがえっている。

「あれは……」

「あ、あ、あの、降ろして頂けますか」

 きらりと輝いた緑の紋章は第三王子の護衛騎士の印。王子の腕からは降ろされたものの、一人で立つことは出来ずに王子に腰を支えられた。


 馬は村長の家を過ぎ、王子の手前で止まった。二人の騎士はすぐに馬から降りて、手綱を持ったまま王子に向かって礼を行う。


「エクトル! ブノワ! どうしてここに?」

 王子が驚きの声で二人を迎えた。灰茶色の短髪がエクトル、茶髪がブノワだろうか。何度か城で見たことはある。どちらも騎士そのものといった鍛えられた体を鉄紺色の騎士服で包み、白い腕章には緑色で刺繍された王子の紋章。


「この村の村長から、神殿に助けを求める手紙が届けられました。神官は二日後に到着する予定ですが、我々だけ先に様子を見に参りました」

「そうか。このことは、他に誰が知ってる?」


「ご安心下さい。王子の配下の者だけです」

 エクトルの答えに、王子がほっと安堵の息を吐く。


「原因は僕たちが対処済だ。村長の部屋を借りて状況を話そう」

「はい。…………恐れ入りますが、そのご婦人をご紹介頂けないでしょうか」

 エクトルとブノワの刺さるような視線が痛い。王子から離れて立ちたいと思っても、体がどうしても動かない。


「彼女は僕の婚約者、ジュディット・レオミュールだよ」

 ほわほわとした王子の笑顔の前で、騎士二人の表情が凍り付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る