第12話 魔具のペンダント、完成する。
魔術師が箱を開けると、そこには金のペンダントが入っていた。透明な液体が入った小瓶が、花を模したペンダントの中央に嵌められている。
これは去年流行した悲恋物語の姫君が、自分の身代わりになって呪いで死んだ吟遊詩人を胸に抱き、毒薬を煽る場面に登場した物。王女も熱心に読んでいて、絵物語や歌になり貴族だけでなく平民女性の間でも大流行したことは知っていた。
「以前、流行したペンダントでしょう? 仕事の次は売れ残りの品を私に押し付けるつもり?」
「言っておくがな、あの物語のペンダントの元になったのは俺の店で扱ってる品だ。他のヤツらが作ってるのが偽物だぞ」
「何故そう言い切れるの?」
「……あの物語の作者が、時々うちの店に来てるからな」
物語自体は王女に勧められてさっと流し読みはしている。作者は女性だったと記憶はしているけれど、まさかこの変態の恋人なのだろうか。
「へえ……意外な知り合いがいるのね」
「おい待て。変な想像すんなよ。………‥作者は俺の姉貴だ」
「あら。そうなの? お前と違って、お姉様は素敵な物語を書かれる方なのね」
「何が素敵だ。昔から俺は姉貴に文才がねぇと……いや、何でもない。これが必要なんだろ?」
誤魔化すようにユベールはペンダントが入った箱を振る。その仕草がムカつく。
「ええ。この〝王子妃の指輪〟を外す為に必要よ。使い方を教えて」
「……ムカつくがお前を王子妃にしない為だ。仕方ない。この瓶の中に入っているのが仮死の薬だ。一滴で一晩仮死状態になる。二滴なら一日。絶対に三日までにしろ。全部は入れるなよ」
ペンダントを受け取る為に剣を指輪に戻すと、ユベールが片眉を上げた。小瓶の中の液体は透明。留め金を外して小瓶のフタを開くと、鼻をつく刺激臭が立ち上る。
「待って。この臭いでバレないわけないでしょ」
「ほんの一滴か二滴だ。液体に入れればわからん。酒か香辛料の効いたスープに入れろ」
「仕方ないわね。……入れる機会を探るしかなさそうね」
瓶の中に匂いが籠っていただけなのか、刺激臭は鼻を近づけなければわからなくなった。フタを締め、どうやって薬を入れるか考える。
「胃の中に入ればすぐに効く。倒れた時に王子が頭をぶつけたりしないように絶対に注意しろよ」
「それはもちろん」
「このペンダントが魔具になっている。仮死状態になった後、どこでもいいから素肌にペンダントを触れさせた状態で『水の精霊よ、我が手に力を』と唱えるだけで魔力の吸収が始まる」
「水の精霊?」
「ああ。俺の魔力属性の一つは水だからな。……他は教えんぞ」
この世界には火・木・土・水・風・光・闇と七つの魔力属性があり、魔力を持つ者は一つから三つ程度の属性を示す。強い魔力を持つ魔術師は、その属性の精霊を使役することができる。そういえば王子の魔力属性は何だろうか。
王子のほわほわとした子犬のような笑顔が思い浮かんで、慌てて打ち消す。
「……魔力を枯渇させるまで、どのくらい時間が必要?」
「そうだな。普通の相手なら瞬き一回分だろうが、王子の場合は瞬き十回分くらいだな」
「意外と短いのね。もっと時間がかかるものだと思っていたわ」
「俺をその辺の魔術師と一緒にすんなよ」
少女趣味の変態なのはともかくとして、相当有能な魔術師であることは間違いない。褒めるのはムカつくので口にはしないけれど。
「魔力を吸い切るとペンダントが教えてくれる。そしたら、その指輪を王子の左胸に近づけろ。指輪に宿った魔力が、元の持ち主を護るために戻っていくだろう」
「……これは、魔力だけ吸い取るの?」
「いや。神力も吸い取れる」
「吸い取った魔力はどうなるの?」
「そのペンダントに蓄積される。容量はほぼ無限と言っていい。後で使うこともできるぞ」
「使うって、何に?」
「それは自分で考えろ。何なら俺に返してくれ。有効利用してやるから」
にやにやと笑う魔術師に渡せば、何に使われるかわからない。絶対に返さないと心に決める。
「魔力が空になった時点で指輪の固定結界が消失する。そうすれば抜けるだろう」
「王子の魔力が戻るまでは、どのくらいかかるの?」
指輪を抜いた後、仮死状態の王子の安全を確保してから逃げる計画を立てなければ。
「仮死から目覚めて……そうだな……王族だから回復力は俺の想像を超えるとして……一日か二日と思った方がいいな」
一日か二日。たったそれだけしかないのか。
着ていたのが
「ところでさっきの剣。あれは誰が作った?」
「鍛冶屋の師匠が作った最高傑作だそうよ」
何が目的なのかわからないので個人名は伏せた。
「ただの鍛冶屋が作っただと? 信じられん。もう一回出して見せろ」
「人に頼むのなら、頼み方という物があるでしょ?」
「…………見せて下さい。お願いします。……これでいいだろ?」
口を引き結んだ魔術師は、不承不承という顔をしている。意外と素直に従ったことに驚くけれど、この不思議な剣を見たいだけだろう。知識欲に負けたと言う訳か。
「
白い光の魔法陣と花びらを伴って現れた抜き身の剣を見て、ユベールは目を見開く。
「おい……。これは……〝
刃に触れようとしてユベールは手を止める。金茶色の瞳は輝き、歓喜の表情で剣を見つめている。
「〝烈風の剣〟って、崖の黒い岩に刺さってたっていう剣のこと?」
「そうだ。いつの間にか姿を消してしまったが、俺は子供の頃、何度も抜けるかどうか試したことがある」
剣を抜きたかったのは、王子だけではなかったらしい。長い白髪の魔術師が岩を割って持ち去ったと知れば、残念がるだろうか。
「あれは王家の為の剣ではなかったの?」
「兵士が護ってるわけでもなかったからな。魔力を持っている者なら、誰でも近づけた。逆に言えば魔力を持っていない者は近づけなかった」
「触ってみたいのなら、いいわよ」
柄を差し出すとユベールは首を横に振る。
「〝烈風の剣〟の逆だ。その刃が輝く時に魔力を持つ者は触れられない。それは神力を持つ者の為の剣だ」
成程。だから抜き身の剣を、王子と土の精霊の加護を受けるロランは持とうとしなかったということか。
「これを鍛冶屋が作った? ……俄かには信じられんな……」
ユベールは剣を持つ私の手を掴み、剣を様々な角度から舐めるように観察する。不快と思っても魔術師には触れられないのなら、多少は我慢するしかない。
「精霊ではなく、女神に祈りを捧げて女神の寵愛を得た……ということか。作ったヤツの執念勝ちだな。どうしても〝烈風の剣〟の対になる剣を作りたいと願ったんだろう。……鞘はあるのか?」
鞘を呼んで剣を収めると、ユベールの静かな興奮はさらに高まった。この状態なら触れられると言って、剣を持とうとして断念した。
「どうしたの? 鞘があれば触れられるのでしょう?」
「……重すぎて持てん。お前はその剣に選ばれたから軽々と持っているが、他の者には持たせないという絶対的な意思を感じるぞ」
仕方ないと呟いて、またもやユベールは私の手を掴んで剣を詳細に観察する。知識欲で興奮したユベールとの距離が徐々に無くなって、その顔と体が近すぎてムカつく。後ろに下がると背中が木の幹に当たった。
もう限界と拳を握りしめた所で人の気配を感じ、二人同時に視線を向ける。
「ジュディット? ……ユベール?」
その視線の先。白い夜着のまま、精霊のような金髪の王子が姿を見せた。
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