第10話 華嵐の剣、王子妃の指輪に宿る。

 昼食を終えて鍛冶屋へと向かう馬車の中、吟遊詩人の話題が弾む。


「ガヴィは昔から城の宴で歌っているけど、ジュディットは聞いたことはなかったんだね」

「はい。ロザリーヌ様が参加される宴では、他の吟遊詩人が歌っておりました」

 ガヴィは恐らく夜の宴の担当。成人前の王女は夜の宴には参加していなかった。日中の明るい日差しの中で語られるのは、女神や精霊の話、様々な寓話が多く、男女の恋愛物語や戦記はなかった。


 私自身は警備に心を砕いていたために物語を聞くことはできず、王女が述べる感想を聞くことを楽しみとしていた。


 私が剣の舞姫の物語を聞いたのは、子供の頃。元騎士だった父の古い友人が吟遊詩人で、宴でなくても気軽に物語を聞かせてくれた。懐かしい思い出が頬を緩ませていく。


「レオミュール侯爵の友人……もしかして〝風知る鳥ウィンド・ベイン〟という異名を持つシメオンかな?」

「そうです。物語の始まりは、いつも風でした」

 爽やかな風、突風、春の風、嵐の風。物語の先を予感させる風の描写は、聞く者の心を掴んだ。


「ガヴィの師匠だ。今は外国で物語の収集をしてるよ。また何年かしたら戻ってくるんじゃないかな」

「そうだったのですか……ガヴィにも異名があるのですか?」

「いろいろあるけど……ん-。本人は嫌がってる〝楽園の鳥パラダイス・バード〟が定着しそうかな。色とりどりの羽根で飾られた帽子を被っていて、そこから楽園が連想されたらしい」


「嫌がっているのですか? 美しい異名だと思いますが」

「軽くみられるようで嫌みたいだよ。きわどい恋愛の即興詩や物語が人気で、普通の物語はなかなか聞いてもらえないんだって。だから僕がお願いすると喜んでくれる。今日の剣の舞姫の話も初めて聞いたけど面白かった」

 また時間をとって物語を聞こうと約束されて、私は素直に頷いた。


      ◆


 ロランの鍛冶屋は繁盛しているらしい。狭い店の中、二人の客がそれぞれに剣を持って品定めをしていた。


「ここの武器を一度使うと、もう他の武器は使えなくなるな」

「おお、貴方もそう思われますか。私もそう思っておりました。何しろ、初めて持っても手に馴染む。長年使い込んだような不思議な感覚に見舞われます」


 凛々しい中年二人は、どちらも騎士ではなく貴族の護衛といった雰囲気を漂わせている。意気投合したのか、剣を買い求めた後、飲みに行こうと言って店を出て行った。正直言ってうらやましい。女の身では武器について楽しく語る相手はいない。騎士仲間と武器について語らう時には、いつも実務的な話になる。


「武器というのは、人を害することもあれば人の縁を結ぶこともあるんだね。まぁ、物というのは何でもそうだけど、持った人間の心次第ってことかな」

 王子の優しい言葉に同意する。武器は危ないだけではなく、美しい工芸品でもある。心を込めて丁寧に作られた武器を見ると心が震える程の感動がある。


 王子と二人、武器を見ながら語り合う。同じ剣一つでも騎士として見る視点と、王子の視点との違いもあって楽しい。


「戦斧は難しいなぁ。威力は抜群だけど、携帯が不便だ。爽快感があるから結構好きなんだけどね」

「この戦斧なら装飾品的な美しさもありますから、持ち歩いても宜しいのでは?」

 私の背丈と同じ大きさの戦斧は、その刃も巨大。花や植物模様が彫られていて、まさに芸術品と言える。


「騎士とか護衛なら持ち歩きもいいけど、戦斧持った王子って物凄く圧迫感ありそうだよね。国民が逃げそうだ」

 そう言いながら、戦斧を持った王子が眉尻を下げる。相当重量がありそうな戦斧を軽々と扱う力量に内心驚く。騎士の中でもこれだけの大きさの戦斧を持てる者は少ない。


 重さを感じさせない手つきで、王子は戦斧を回転させながら振り回す。狭い室内にも関わらず、壁や床にぶつけることもないということは、完全に武器の有効範囲を把握しているということ。

「素晴らしい技ですね」

「常に武器の重心を意識して、最小の力で最大の効果を狙えとレオミュール侯爵から習ったよ」

「私の父からですか?」


「僕の剣術の師匠は侯爵だ。ジュディットが騎士になってからずっと。今でも教えてもらってる」

 それは知らなかった。私が女騎士になった後は教えを乞う事はできずにいて、父の隠れた趣味は終わったのかと思っていた。王子の剣術指南の職務を受けたのなら、父も喜んだだろう。


「侯爵ってさ、顔は笑ってるのにものすごーく厳しいよね……」

 王子が遠い目をしたので笑ってしまう。父は剣を持つと、とても楽しそうに笑う。それでいて稽古は厳しい。その光景が目に浮かんでしまった。


「女の私にも、容赦はありませんでした」

 最初は母の目から隠れて、恐る恐る短剣を握らせた。幼い私は短剣の妖しい美しさに喜んで、笑い声をあげてしまったことを覚えている。私の筋がいいとわかった途端、父は自分の技術を叩き込んできた。


「厳しかったけど、そのおかげで僕はこうしていろんな武器が扱える。とても感謝してるよ」

 王子は戦斧を戻し、次は仕込み杖を手に取る。父の稽古の話題が増え、話しているととても楽しい。


 様々な武器で語り合い、窓の外が夕日の色に染まった頃、ロランが声を掛けてきた。

「どうしても貴女に受け取って欲しい物がある」

 そう言って取り出したのは、先日見たロランの師匠が作った細身の長剣。白に金が施された鞘が美しい。


「それは、大事な物なのではないですか?」

「そう。これは俺の師匠が作った最高傑作だ。だからこそ使って欲しい。誰にも使われることのない剣になることは避けたい。俺は十分、見て学んだ。絶対にこれ以上の剣を作ると誓ったが、この剣を持っていては迷いが生じて作れない」

 ロランの真剣な目を正面から受け止めてしまった。強い決意が私の心を揺り動かす。


「ジュディット、受け取ってやってくれないか。ロランが自分の最高傑作を作る為に」

 王子の言葉がさらに私の心を揺さぶる。

「……では、代金を」

「いや。それは受け取れない。これは師匠の剣だ」


 ロランの瞳に負けて受け取ると、剣は軽く手に馴染む。

「受け取りました。この剣を私は一生手放すことなく、使い続けると誓います」

 その為には王子妃ではなく、騎士に戻りたい。


 剣帯は付けていないので、剣は手に下げることになる。やはり騎士服を着るかと考えていると、王子が微笑んだ。

「指輪に剣を封印しようか。それなら、いつでもその剣を持っていられる」

「封印……ですか? ですが、使えないのは困ります」

 使い続けると誓ったばかりなのに。


「簡単な呪文で、いつでも呼び出せるようにできるよ」

 王子の微笑みに負け、私は剣の封印を承諾した。王子は私とロランを裏庭へと招き、落ちていた木の棒で地面に円を描く。


「ジュディット、円の中心に立って動かないで」

 私が剣を持って立つと、王子は服の隠しポケットから魔法石の粒を出して七カ所に置いた。


「始めるよ」

 微笑んだ王子が呪文を紡ぐ。魔術言語とはわかっていてもその意味はわからない。地面に描かれた円の中、赤い光が魔法陣を構築していき、初めて見る魔法の美しさに心が躍る。


「ロラン! この剣の名は?」

「〝華嵐の剣ストーム・ブレイド〟!」

 魔法陣から、白い花びらと強い風が巻き上がる。まさに華嵐。スカートの裾は風に踊り、花びらが舞う。


「ジュディット! 剣を抜いて!」

 請われるままに剣を抜けば、剣身が白く輝く。風は止まず、花びらは舞い続ける。 


 王子の青い瞳が、赤く輝いた。

「華嵐の剣、君の主はジュディットだ。君が主と共にある為に僕が居場所を提供する。その指に輝く炎の石ファイヤーオパール、そこが君の在処になる」

 語り掛けるような王子の言葉に反応するように、剣が熱を持つ。


「――封印!」

 王子の叫びと同時に、私が手にしていた剣と鞘は大量の花びらへと変化して、指輪の宝石の中へと吸い込まれた。


「成功したよ。『開錠アンロック』と言って名前を呼ぶと姿を現す」

 王子の笑みが成功の喜びに輝く。誇らしげで満足した輝きが瞳に宿り、何故か少年のようで可愛らしいと感じる。


「ありがとうございます」

 魔法を目にして高揚する心の中、これではこの指輪を手放せないと気が付いた。美しい剣を手に入れた喜びと、指輪を外さなければという焦りを感じながら、私は途方に暮れるしかなかった。

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