第9話 吟遊詩人、王子と舞姫の物語を歌う。

 吟遊詩人が持つ竪琴や笛に武器が仕込まれていることに驚きつつも、様々な仕掛けを見るのは楽しい。楽器としての完成度の高さと、武器としての完成度が両立していることは素晴らしいと思う。


「楽器には、すべて武器が仕込まれているのですか?」

「いいえ。武器の機能があるのは店にある楽器の五分の一程度です。何も知らずに楽器をお求めになるお客様もいらっしゃいますので」

 

 武器の機能が付いている物は、普通の客が買えない値段が付けられている。

「間違って買う方は?」

「もちろん、阻止致しますよ。全く同じ色形の物も用意しておりますので、そちらをおすすめ致します」

 二つを並べられると、どちらが武器なのか判別できない。これは貴人を警護する者にとっては、かなり危険。


「見分ける方法はあるのですか?」

「それはお買い上げの方のみにお教え致しますと言いたい所ですが、貴女にはお教えしてもいいでしょう。……こちらです」

 ガヴィが指し示した場所には、ごく小さな八芒星の金具が光っていた。並べられた同じ楽器には金具はない。


「この印がある物は武器が仕込まれています。このことを知っているのは、吟遊詩人以外には王と第一王子の護衛騎士のみです」

「金具を隠してしまえばわからないのでは?」

 演奏中にも隠れることはない場所でも、色を塗るなり金の装飾をしてしまえば紛れてしまう。


「精霊の加護を受けていますので、金具を隠すと楽器が鳴らないようになっています。ですから、金具を指で隠して弾いてみるという判別方法も取れます」

 試してみると、確かに音は鳴らなかった。


「不思議な楽器ですね。すべて精霊の加護を受けているのですか?」

「はい。この仕掛けを作ることができる技巧を持つ職人なら、必ず精霊の加護を受けています。精霊の加護を受けていない者が同じ物を作っても、楽器としても武器としても成立しない中途半端な物になるでしょう。……ちょうど、先日の入荷分に一組混じっていたのでお見せしましょう」


 見せられたのは、美しい彫刻が施された同じ外見の雫型の弦楽器二つ。目印となる金具は無く、弾き比べると片方の音に雑音が混じる。


「こちらは普通の楽器として使えます。ところが、武器の仕掛けがしてある方は音が悪い。さらには、刃が安定していないので、斬ることも剣を受けることも難しい」

模様を押すと本体の下部から鋭い刃が飛び出た。見た目は良いものの、振ると刃がほんの少しぶれる。危険ではあっても脅威とは感じない。


「店にある楽器の半分は外国産ですが、半分は国内で作っている物です。職人の保護の為、工房や作者名は明かせないので無銘の作品ばかりです」

 笛や雫型の弦楽器の中、ロランの作風に似た物がいくつかあった。隠された短剣を手に取って確信する。

「これはとても良い作品ですね」

「貴女はお目が高い。こちらは武器職人と楽器職人の合作です。どちらも職人として最高の技術を持っています」


 ロランの作と思われる短剣は、握りやすく投げやすい。雫型の弦楽器を爪弾けば、柔らかな音が部屋に広がっていく。武器であり楽器でもある。この融合はたまらなく魅力的。


 試してみた楽器を前に、王子が私に問いかけた。

「今後も使ってみたいと思う物はある?」

「いいえ。私には楽の才はありませんので」

 武器として使うことはできても、音楽が全くできない私には不相応。この素晴らしい楽器は、必要とする者のみが手にするにふさわしい。


「それは残念だなぁ」

 王子は私に何かを買い与えるつもりだったらしい。使ってみたいと口にしなくて良かった。

「ガヴィ、彼女の為に一曲お願いしてもいいかな」

「はい。それでは、美しい戦女神のような貴女の為に、この物語を捧げましょう」

   

 ガヴィは竪琴の一つを手にして曲を弾き、語り始める。それは、逆賊に囲まれた王子を助ける為に、一人の舞姫が敵方の陣へと乗り込んで、剣の舞で敵将を討ち取る勇猛果敢な物語。


 子供の頃に大好きだった物語は、今も変わらず私の心を捕らえる。ガヴィの声は心地よく、奏でる曲は美しく。

  

 舞姫が敵将を討ち取り、王子を助けた所で終わっていた物語の続きが語られた。身分の低い舞姫は、王子の無事を確認して姿を消す。王子は反対する王を説得し、舞姫を探し出して二人は結ばれる。


 ぼんやりと想像していた物語のその先が、はっきりと語られたことで懸念が晴れた。王子と舞姫が身分を超えて結ばれる結末に安堵する。


 物語が終わり、最後の一音が響き渡って消えた。王子と二人で手を叩いて、素晴らしい演奏を称える。

「この物語は初めて聞いたよ」

「宴で求められますのは、もっと短い詩や物語ですから。これ程長い物語は中々語ることはできません」

 ガヴィの言葉に納得する。酒の入った者たちが、長い物語を静かに聞くはずがない。


「この物語の結末は、貴方の創作なのですか?」

「いいえ。これは遥か昔、遠い国で実際に起こったことです。王子は王になり、舞姫は王妃になった。二人はいつまでも幸せに暮らしたと書物に書かれておりました」


 ガヴィはあちこちの国を回り、様々な物語を収集していた。四年程前から、ここに店を構えたらしい。


「新しい物語の収集はもう少し先になると思いますが、私が集め、語ることができる物語は、まだまだ尽きることはございません。また機会がありましたら、お披露目できるように祈っております」

 左耳の竜血石の耳飾りを揺らし、吟遊詩人特有の礼をしたガヴィに見送られ、私たちは店を出た。


      ◆


 暗い路地から賑やかで明るい街並みへと戻って、物語の余韻に浸りながら歩いていても、私は王子に繋がれた手が気になっていた。

「ジュディット、どうしたの? 何か言いたいことがあったら言っていいよ」

「……何故、手を繋がれるのでしょうか」

 私が騎士である必要はないと言われることを覚悟して、王子に問いかける。


「手を繋ぐと隣でいられるから。僕はジュディットの表情を見ていたいんだ。一緒に色んなものを見て、どんな顔をするのか知りたい」

 ほわほわと笑う王子の耳が赤い。つられるように、頬に羞恥が集まっていく。全く想像外の理由で、どう返答すればいいのか迷う。


「か、顔をご覧にならなくても……つ、つまらない顔ですので」

「そんなことないよ。ジュディットはどんな表情でも可愛いから」

 言われ慣れない言葉が恥ずかしい。

 

「食事をして、鍛冶屋のロランの所に行こう」

 耳を赤くしたままの王子に手を引かれて、私は歩き出した。


      ◆

 

 初めて入った平民の料理店に圧倒される。狭すぎる店の中、所せましとテーブルと椅子が置かれ、座る人々を避けながら歩かなければならない。


 店員に案内され、慣れた足取りの王子に手を引かれて店の奥の階段を登る。入った小部屋には、海が見える大きな窓。食事を楽しみながら、海を見ることができる。


 窓の外、煌めく青い青い海が広がっている。王子が窓を開くと、爽やかな風が吹き抜けていく。


「天気が良くて助かったよ。雨だったら、この景色を見せられなかった」

 どこまでも続く青い海と青い空の境界線を見ていると、心が広がっていくような清々しさがある。日々見ている世界は狭いという、よくある言葉を実感する。王女の護衛でいた頃には、じっくりと景色を見て楽しむことはできなかった。


「雨は雨で、違う魅力はあるんだけどね」

 笑う王子の言葉を聞くと、雨の日の光景も見たいと思った。王子が感じた魅力とは、どんなものだろうか。


 店員が料理の皿を並べて、一通りの説明を行ってから部屋から出て行った。王子と完全に二人きり。この数日間で何度も経験していても、胸の鼓動が早くなる。


「サメはまだみたいだね」

「先程、まだ吊るされていたのが見えました」

 サメの巨大な体は遠くからでもよく目立つ。


「そっか。やっぱり明日だね。食事にしようか。さっきから空腹でお腹が鳴りそうで困ってたんだ」

 笑う王子に促され、私は席へと着いた。

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