第六話

「何度見ても酷い造形だねぇ……」


 顔を顰めた雷轟が呟いた通り、”それ”はあまりにもグロテスクで悍ましい姿をしており、

 しかし、所々見える甲殻から原型がディーグマンであると分かった。いや、のだ。


「な、なんやあッこいつ!突然変異とかとは全然ちゃう、まるで……が作った粘土細工ッ!……いびつや、こいつの姿は!」


 彼女の言う通り、それは生物とはとても思えない姿であった。


「……魔獣奏者の仕業だ。これが出来てしまうのは」


「な……なんやて!?ウ……ウソやろ?こ……こんなことがッ!こんなことが許されてええんか!?」


 その声を魔獣は気にも留めずに触手をしならせ、ロナたちに襲い掛かる。


「論理感の有無の議論は後回しだ!まずはこいつを討つ!」


 ゴウデンが刀を抜いて、獲物の隙を伺っている触手へと踊るように切りかかる。その刃は触手の表皮を捉え、肉へと喰らいつく。その歯は反対側の表皮を貫き、ぶつ切りにするように切断した。


「よっしゃ~!まずは一本!」


 雷轟が喜ぶも、そこにキーチの声が飛び込む。


「アホォ!よう見てみぃ……ッ!」


 見ると、蠢く触手の切断面。そこから肉がボコボコと盛り上がり、痛々しい傷口が蕾のような肉塊に覆われる。そして、次の瞬間。そこから花が芽吹くように、新たな触手が生えてきたのだ。


「うひ~ッ!そんなのありぃ!?……まぁ、そりゃそうだよねッ」


「うげーッ~グッロ~」


 うじゅるうじゅる、と体液を散らしながら暴れる触手に怯んだキーチ。彼女の緊張が一瞬緩んだところに触手が強襲する。

 間一髪の所で腰部からナイフを取り出し、彼女の機体がそれの直撃を弾いて躱す。


「……油断も隙もあったもんやないわッ」


「キーチッ!下がってくれ、狙撃頼む!」


「あいあいッ!」


 ロナが叫ぶのをきっかけに、キーチは魔獣から下がる。触手もそれを追うが、二対の刃は許すはずがない。


「この数は流石に多い……」


「だったら、ボクの出番だね!」


 阿吽の呼吸で雷轟は口を開いて言葉を紡ぎ、その隙をフォローすべく、ロナは手早く機体を繰る。


「雷よ そは 世を巻きし線に等しく。

 雷よ そが 途絶えること非ず。

 雷よ 永き線たるものよ 汝がわが身に宿りたれば 我軟弱あらずんや。

 我も かくなりてしか、『雷線いかずちのしるし』!」


 イメージを紡ぐ言葉が、雷轟を通じ、機兵内部のエーテルを介して、収縮筋へと流れ込んでゆく。水が土に沁み込むように、あくまでも自然に入り込む。

 拒否反応など起こすことのない薬の様に、それは機兵の能力を高め、負荷がかかることもない。


 そうして、魔法が完全に効果を現すのは一秒にも満たなかった。


「来たか」


 機兵の全身を駆け巡る電気エネルギーを彼は感じる。それを微塵も無駄にしないように駆けだした。


 うねり唸り襲い掛かる触手たちを、鋭い双刃が滑っていく。しかし、先ほどまでの動きとは明らかに速さが違う。

 先の動作は生き残るための必死の”抵抗”でしかなかった。だが、今は違う。”作業”を繰り返していた機械仕掛けの四肢は、人間の如く、ただ滑らかに表情を変えていく。また、両手に握られた凶器は、まるで優雅な魚の如くであった。

 その一環の動作は、猛烈な触手と相まって、民族舞踊にも見えることだろう。


 現に、ロナの顔には焦りではなく、楽しみを含んだような涼し気な表情が浮かんでいたのだから。


 グルリュルイイィアア?鳴き声ともつかない”音”を発しながら、かつてディーグマンだった生命体は不信感を覚える。二体の”息”が未だ消えないのだ。自分から離れていった方は兎も角として、だ。

 もう一体が問題なのだ。そいつの息は弱まるどころか、むしろのだから。


(……?)


 彼には原因は理解することなど不可能であったが、それでも、自身に脅威が迫っていることだけは、わずかに残ったと本能で察知していた。

 不快感に戸惑いぎこちなく動く胸部に、突然鋭いものが刺さる。そうして、悲鳴に似た音を発する間もなく、その物体は彼の装甲の薄い表皮を裂いて飛び出した。


「よそ見したらアカンって母ちゃんに言われんかったか~?」


 キーチは計器類から顔を放して第二発目の装填準備に入る。未だ痛みに回るディーグマンの、額に狙いを定めながら。

 一方、ロナは出鱈目に暴れる触手を切り刻み続けていた。すこしでもキーチの弾丸が狙ったポイントへと届きやすくするためだ。


「しかし、切っても切ってもキリがないな……」


「うん、凄い生命力。ボクと良い勝負だよ!」


「お前はそもそも生命かどうかも怪しいだろ……」


 単純作業の傍ら、他愛無い会話をする二人。が、直後に雷轟が険しい顔になった。


「……!なんかマズいよ!主くん、至急離れて!」


「……?分かった!」


 剣を機兵のマウントポイントに収め、ロナは機兵のアクセルを蒸かし、雷線の残り時間も使って全速力で離れる。

 先程、彼女の『目』には、ぼんやりとだが、途轍もない魔力がディーグマンの体内で急激に『圧縮』されてゆくのが見えていた。


 その様子は、まるで体内の風船を割ろうとするかのように。


「どないしたんや二人とも!何か緊急事態か!?」


「ああ、そうだぜ」


「キーちゃん、キーチ!キミも早く離れて!ディーグマンの体内から滅茶苦茶に濃縮された魔力を感じたんだ!」


「なにっ」


キーチがライフルを収めた瞬間、彼女の目の前には閃光だけが存在していた。



 




 

 


 


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電鬼と踊り子お兄さん、復讐珍道中 遊星ドナドナ @youdonadona

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