第五話 

 暗く、天井の高い部屋。そこで一人の男が忙しそうにをいじくっていた。

「あぁ忙しい、やれ忙しい、大繁盛というのも困りものですねぇ……」


 ここは禁忌の地の研究所跡。かつて愚かな旧人類たちがおごりから、哀れな生体兵器モンスターたちを生み出した場所。

 そこでまた、男は過ちを自ら繰り返そうとしていた。


 男がいじっていたのはロナから逃亡したディーグマン。しかし、その不格好ながらも愛嬌を感じさせる面影は何処にもなかった。

 つぶらな瞳は無意味に増やされ、丸太の様に立派だった四肢は紐のような情けない触手に交換されており、その上それが無数に、無造作に縫い合わされている。

 雑な手術跡からは血と体液が混ざって垂れ落ち、異臭を放っている。それはまさに”モンスター”と形容するしかなかった。


「ぴぃ……ぴぃぃぃい」


 ”モンスター”は笛が鳴るような情けない声でか細くうめいた。


「ン~フフフフフッ!これならどんな奴にもこいつは殺せませんよぉ~?」


 男は粘土遊びをする子供のように、無邪気に、しかし邪悪に笑い声を上げた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 同じく禁忌の地、二機の機兵が並走していた。一機はロナと雷轟、もう一機はキーチが搭乗していた。


「それで?ロナ、その『魔獣繰者パペットマスター』て言うんはそんなにヤバいやつなんか?」


 ロナの機兵にキーチから通信が入る。


「ああ、ヤツは魔獣たちを捕まえては改造し、ヤツ好みのモンスターにしてしまうんだ。あいつのせいで俺は……俺の親父は……」


 彼の声には若干の怒気を孕んでおり、その精巧なビスクドールのように整った顔には小さい皺が走っている。

 雷轟は彼の心中を察したのか、代わりに説明する。


「それがまるで人形パペットで遊ぶ子供の様だから『魔獣繰者パペットマスター』って呼ばれているんだって。嫌だねぇ」


「ほーん、ロナも団長も口揃えて『危ない』言うんならよっぽどヤバいんやなぁ」


 そう言うとキーチは機兵の腕に持ったライフルを掲げ、ニッと笑う。


「そんなにカリカリするこたないで、ロナ!雷轟!そんな畜生、ワシがドンと一発かましたるわ!」


「頼もしいな、キーチ」


 ロナは自分の目から小粒の涙が流れるのを、誰にも悟られないよう拭いながら言った。


「キーちゃん、いつになく張り切ってるね~、じゃあボクもちょっとだけ本気だしちゃうよ~」


「だからキーちゃんはやめろや!」


 雷轟はいつものマイペースな態度を崩すことなくそう言い、キーチは彼女の言い方に呼応する。

 そんな二人のやり取りを見て、ロナは緊張が緩んだのか、フフッと軽く笑い、話題を変えた。


「それでキーチ、今回の目当てだがな」



 彼らが目指すは『外道の根城』。

 ここ、禁忌の地において危険度が高い場所。

 かつて暦が西暦であった頃、愚かな者たちが人類への貢献という名目で多大な生命いのちもてあそんだ、忌むべき研究所があった場所。

 しかし、現在の人類たちにとっては処罰される危険性があっても尚、そこへとおもむく理由があった。

 それは……


「薬ィ?こんなとこに真っ当な薬があるわけないやろ!キメて気持ちよくなる薬のことちゃうんけ?」


 キーチが素っ頓狂な声を挙げて、腕に注射を打つマネをする。


「そんな物騒なものじゃない。ただの医薬品だ。……ただし、薬自体が必要なわけじゃない」


 彼が話すところによると、依頼人が探しているのは薬品の製法であり、その薬品は鎮痛剤の一種らしい。


「それ以外で見つけたものは好きにしていいなんて、あのオジサン見た目に違わず太っ腹だよね!」


「せやなぁ!ほんまあのオッチャン、見た目以外は聖人君子そのものやわ!」


 二人が下品な声で笑うのを聞きながら、ロナは額を揉んでいた。




 三人が目的地へ到着したのはおおよそ昼頃。腹が空いたと喚く雷轟に耐え兼ねたのか、ロナが休憩を提案した。


「こっから探すんか~めんどいわぁ~」


 硬パンをモサモサと食べながらキーチが誰とも知れずに言った。一方、雷轟は一心不乱にブロック状の携帯食料……マナメイトと呼ばれるそれを貪っている。

 このちっぽけな食品には、「魔素マナ」と呼ばれる魔法の素が詰まっており、冒険者たちはこれで魔力の補給を行う……のだが。


「……少し食いすぎじゃないか?お前に魔力補給は必要ないだろ」


「だってぇ……美味しいんだもん……」


 精霊の一種である雷轟にとって、この量の魔力補給は取るに足らない量だ。しかし彼女はその味を気に入っており、このようにドカ食いすることがよくある。


「はぁ……」


 包装紙が散らばる操縦槽(コクピットの別称である)を見て、ロナはため息をつく。決して広いとはいえないスペースがゴミに侵略されていく。ただでさえ実体化している雷轟のせいでパンパンに詰まっているというのに。


「うーん、お腹いっぱいで眠くなっちゃった……」


 当の本人は気にする様子もなく、それどころか欠伸をしており今にも眠り出しそうである。


「……寝るなよ……」


「ん~ちょっとだけぇ……」


 うつらうつらと雷轟に釘をさすロナ。すると瞬間、彼に鬼特有のマッスルボディがもたれかかってくる。


「うぉっ!?」


 その体重をもろに食らって悶絶する体に、ガッシリとした腕が絡みつき、思わず彼は声を上げてしまった。


「ねぇ~主くんも一緒にお昼寝しようよ~」


「……やめろっ!熱いんだよ雷轟は!ベタベタするなッ!」


 じっとりとした感触がロナの首元に伝わってくる。彼は湿度から逃れようと身を捩る。しかし、剛胆の二文字を表すような雷轟の体は、主の逃走を許さない。


「ん~スリスリ~」


「……」


 大型犬のように主にじゃれる雷轟に対して、ロナの表情は固まっており、諦めの感情を露わにしていた。


「お熱いなぁ、お二人さん」


 タバコを加えたキーチが冷やかすようにいい、口から煙を吐き出す。その煙が充満しないように操縦槽のハッチは開けられており、そこから自然光が入り込み、彼女の肌を照らしていた。


(魔獣奏者、ねぇ……)


 ロナたちを襲った魔獣の主であろう男の名を頭の中で繰り返す。


(大層な名前しおって……アホとちゃう?)


 彼女は古びた分厚い冊子を、足元の鞄から取り出してパラパラとめくり『ディーグマン』と書かれたページで指を止めた。

 燃え尽きつつあるタバコから、火の粉が紙に落ちないように注意しつつ、炭鉱夫ディーグマンの名を冠した魔獣の情報を頭に叩き込んでいく。


(こいつは確か、甲殻の隙間が弱いんやったな……)


 未だに乳繰り合っている(正確にはロナが絡まれているだけなのだが)二人を無視して、キーチは機兵用のライフルの点検を行う。

 

 ディーグマンは肉質が硬く、そこら辺の刃物などでは文字通り

 その近接武器よりも遥かに威力の劣るのが、『銃』だ。この時代の銃は、基本的には魔法で弾体を飛ばすという仕組みになっている。

 そのために威力の高く、かつ小型の銃器を作るのは困難となっているのである。


 しかし、そんな銃でも魔獣を狩る方法はある。それは弱点を弾体で貫通させるというものであり、それが同時に銃の強みの一つともなっている。

 特に、ディーグマンは甲殻の一部に隙間があり、そこから軟らかい部位がのぞいている。もし遭遇した場合には、そこを狙うのがきちだ。


(キーチだけにな……なんつって)


 彼女が脳内でシャレを考えていると、いきなり機兵の足元がぼこぼこと盛り上がった。


「な……なんやぁッ!?」


 突然の事態に扉も締めずに機兵を飛びのかせ、間一髪のところで奇襲の一撃をかわすと、彼女はロナたちに連絡を入れた。


「ロナ、雷轟!来よったで、ディーグマンが!」


 しかし、機兵は来たものの、返事がない。しばらくして、ロナの震えた声が聞こえてきた。


「ディーグマン……?キーチ、がそう見えるか……?」


 土煙の中から現れたのは、ディーグマンによく似た冒涜的なであった。


 


 






 






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