第12話気付いてよ…ばかっ!

私が久代祐斗かれと出逢ったのは塾の見学に訪れた際のことだ。

授業を受けるクラスを一通り見終え、自由行動を許された私は、ある教室で授業を受けていた一人の生徒が気になり、足が自然とその教室に向かっていた。

教室の前に着くと、休憩中らしく賑やかな声が教室から廊下に漏れていた。

十人も居ない教室なのに、賑やかだった。

気になる生徒かれは、女子いせいと楽しそうに会話を交わしていた。

彼は他校の中学生で、初対面の男子だというのに何故だか気になり、惹かれた。


同伴者である母親に、塾に通わせてほしいと、見学後の塾長との面談の際にねだった。


塾のクラスは学年で分かれており、一学年上である彼とは教室は別で接点を作れず、会話さえ交わせない日々が続いた。同学年の生徒には彼と同校の人が生憎おらず進展しなかった。


私が塾に通い始めて二ヶ月が経過した頃、ある日を境に彼の姿を見掛けることがなくなった。

彼のいない塾に足が向かなくなり、三ヶ月も経たずして塾を辞めた私だった。


中学校ではクラスに馴染めずに、保健室で過ごすことが多かった。

養護教諭はこんな私に説教や叱責することなく、無理しないでと受け入れてくれた。

養護教諭のおかげで、不登校にならずに済んだ。

担任は……まあ、そこそこ手を尽くした方かな。


中学校を無事に卒業し、高校に入学して間もなくした頃にバイトを始めた。

バイト初日の先輩方を前に自己紹介した際に、一人の先輩男子は私に、


——これからよろしくね、橘さん。久代祐斗です。


と、挨拶した。


初対面の挨拶だった。


彼の挨拶を聞いて、初対面じゃないのに……と肩を落とした。

塾で一緒だったのに……短いけど会話を交わしたことあるよ、一度だけだけど……私に向けてくれなかった笑顔を一度だけ向けてくれたじゃん……


あの一瞬ひとときの間が、私にとってはささやかな幸せで心の支えだったんだよ……だったのに。


当時、貴方キミの傍で笑い合う仲睦まじい女子が羨ましかった。いや、今でも羨ましがっている。

貴方キミは、あの娘と違って私にはへだたりがある。

あの娘や他の女子には笑顔で会話を交わすのに、私には見向きもせず笑顔を見せない。

それが、辛くて辛くて……耐え難かった。

私の何がダメなの?歳下だからダメなの?地味だからダメなの?


ねえ、教えてよッ!


そんな叫びを上げたくなった。喉が潰れるほどに叫びたかった。


私が垢抜けた途端に、女子いせいだって意識して……


——橘さんは好きな男子っていますかっ?


貴方はそんなことを訊いてきたけど、罪な奴だって思っちゃった。

鈍いよ、鈍すぎだよ……貴方キミって奴はっっ。

好きな相手ひとを前に、『貴方くしろくんだよ』だなんて……言えるわけないじゃん。




気付いてよ……ばかっ!





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