第10話消せない所業

屋上に出ると正面から風が吹き、頬を撫でていく。

「涼しいぃ……」

「気持ちいい……久代には、酷いことしたって——」

「蒸し返すなッ!……わりぃ。そんなつもりじゃ……もう終わったことだ。やめてくれ、浅原……」

声を荒らげた直後に、浅原が浮かべた表情が視界に映った俺は、我に返り謝罪する。

「ごめん……でも、あの出来事から私に向ける表情かおつきが変わって——」

「あぁ、そうだよ……許してない、おまっ浅原を……」

彼女の言葉を遮り、ヤケクソになり白状して、首肯した。

両手の握り拳が震えていた。

「許されないことだって解ってた……でも、あの時の私は……独りになるのが物凄く恐くて……か、なかったの。ごめん、ごめんね久代。久代を傷付けて……」

「……俺だって、浅原の立場ならああしてるよ。わかる、わかってるよ……だけどさぁ、どうしても許せないんだよぉー、俺は……浅原を、泣かせるつもりはぁっ……ないのにぃ……」

両手で嗚咽が漏れないように口を押さえ、堪えながら胸の内に抱くものを吐露する彼女に、情けない姿を見せる俺だった。

俺の視界は滲んでいた。ぼろぼろと溢れだす涙で浅原の姿が滲み、歪んでいた。


あの出来事から一歩も踏み出せない俺と、あの出来事の選択を悔いてどうにか歩み寄ろうとする彼女あさはらの間にあるわだかまりが消滅するのはいつだろう。


彼女の消せない所業は、俺の身体をじわじわと蝕んでいた。


あの出来事から——現在いまも、である。

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