<一>婚約と黒ウサギ③
王宮での
ウォルレット家の居間で、
ソファーでうたた寝をしていたせいで、体の節々が痛い。
天気のいい昼下がり、
居間の
「喜べ! アシュリーの
「ええ──っ!?」
アシュリーと母と妹は同時に叫んだ。
サージェント家は十二代続く
四年前に
財と地位を備えた二十一歳の侯爵は、さらに
しかも当の本人は、
もちろん家に閉じこもるのが好きなアシュリーは、お目にかかったことなどない。
(それほどの方と私が? 一体どうして?)
訳がわからない。
「なんと侯爵からの申し入れだぞ! 私の
「なぜ──」
なぜ王室長官が? という質問は、母と妹の興奮した声にかき消された。
「まあまあ! アシュリーったらすごいじゃないの。
「お姉様、すごいじゃない! いっつも暗い部屋の中で、
宮殿でのことも
(それよりもサージェント侯爵と婚約したら、私、注目されるんじゃないかしら……?)
あの侯爵の相手だ、さぞかし
(そんなの嫌)
光栄な話だと承知している。けれど決して目立たず、
それにどうして自分が選ばれたのか、まるでわからない。
決して人目を
「めでたい話はこれだけじゃないんだ!」
父の顔はこれ以上ないほど喜びに満ちている。なぜか嫌な予感がした。
「王室長官がこっそりと教えてくれたんだが、サージェント侯爵はなんと! 国王陛下の弟君であらせられるんだ!」
(えっ……?)
聞き間違いだと思った。絶対に聞き間違いだ。だって、そうでないと──!
しかし必死の
「あなた、それ本当なの!? じゃあ、うちは王族と親戚になれるのね!」
「弟君! それって三男のユーリ
父が首を横に
「いいや、次男のクライド殿下だよ」
クライドは亡くなった前国王の二番目の
つまりは直系王族だ。恐怖と
母と妹が顔を見合わせた。
「クライド殿下といえば、お体があまりご
「でも幼い
父が
「そう。その方だよ。クライド・ウォン・トルファ・サージェント侯だ。ただし病弱というのは
「だからサージェント家を
「サージェント家って代々魔術師を輩出している名門だからか、どこか近寄りがたいというか
わずかな王室関係者しか知らない情報を知り、家族は
その横でアシュリーは一人、極限状態に
(無理! 絶対に無理だわ!!)
激しい
アシュリーは父に視線を向けた。
伯爵家から上の侯爵家へ、しかも王族の申し込みを断るなんて有り得ない。平和な時代だから首までは飛ばないだろうが、アシュリー一家は確実に路頭に迷うだろう。
それでも、それでも、これだけは絶対に無理だ。
(……待って。せめて侯爵の外見が、
今世の大事な家族を困らせるわけにはいかない。
「お父様。侯爵の見た目は、その、どういった感じなのですか?」
「ああ、それは気になるよな。なんたってお前の婚約者だ」
「そのとおりです!!」
「……そうだな。しかし心配しなくても
違う。もどかしくて何度も首を左右に振った。
重要なのはそこではない。一番大事なことは──。
「ああ、それと前国王陛下お譲りの、というよりはトルファの功労者であられる勇者様お譲りの、見事な金の髪と緑色の目をしておられる。それはもう見事なほどに」
(無理だわ──っ!!)
アシュリーは天を
一縷の望みは完全に絶たれた。ああ、どうしよう。本当に無理だ。
「あの、お父様。本当に、本当に、心から申し訳ないと思うのですが──」
「まあ、あなた! そんないいお話、早くお受けしなくてはお相手に失礼じゃなくて?」
「大丈夫だよ。もうとっくにお受けした。王室長官と事務弁護士の立会いの
(すでに婚約が成立しているのね……)
目の前が真っ暗になるとはこのことである。
「いや、実にめでたい! これほどの幸運が我が家に降りかかろうとは。アシュリーのおかげだな。ああ、そうだ。侯爵が『事情があってサージェント家を
「問題ないわ、あなた。アシュリーがあちらへ会いにいけばいいだけですもの。ああ、夢のようだわ! 留学中のカイルスにも知らせないとね」
「お兄様もびっくりするわよ。私も友人たちに
今にも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます