逆行前のお話①
小さい
その気持ちが芽生えたのは、兄たちと遊んだ後、一人で庭の遊具を片付けていたときのこと。
「エマ様、こんなところにいらしたのですね。おやつのホットケーキが冷めてしまいますよ」
「サニー! お兄さまたちが、片付けをのこしたままお部屋にもどってしまったの。家庭教師の先生がいらっしゃるじかんだからって」
「あら。それでエマ様は一人でお片付けなさっていたのですね。
目線を合わせて
白い花が咲き、甘い香りがする木を見上げて、エマは言う。
「この白いお花、とてもきれいね。もう少ししたらちってしまうのがさみしいわ」
「ふふっ。このお花は、落ちた花びらを水差しに浮かべて水の魔法をかけると、美しい花束になりますよ」
「ほんとう!? サニー、さっそくお部屋にもどってやってみましょう!」
「ええ。そのまえに、手を洗って、
「はぁい!」
(……!)
エマがサニーに手を引かれて歩き始めた瞬間、殺気が
そこにいたのは、ふかふかの
この街の入り口にも、シーグローブ
エマはとにかく怖くて、サニーの白いエプロンの結び目をぎゅっと
「エマお
後ろにぴったりとくっついたエマを自分の体にさらに引き寄せるようにして、サニーは微笑んだ。焦っている様子は全くない。そして、もう一度頭を優しく撫でてくれる。
大丈夫なわけがない。でも大声を出して助けを呼ぼうにも、
そこからのことは、
でもサニーが人差し指を向けて何か唱えた瞬間、確かにマギツネからはフッと殺気が消え、
後に残ったのは、庭に浮かぶ無数のシャボン玉。幼かったエマは、あの魔物はこのシャボン玉を追って消えたのだ、と理解した。
その夜、ホットミルクを飲みながらエマはサニーに聞いた。
「サニーはあのマギツネがこわくなかったの?」
「はい。私はエマお嬢様の侍女ですから」
「どうして侍女ならこわくないの?」
「侍女の私が怖いのは、お嬢様が傷つくことだけです。それを思えば、大量の
ふふっ、と
(侍女って、なんてかっこいいの。私もこんなふうにお嬢様に仕えてみたい!)
その日から、サニーは優しくてお裁縫や髪結いが上手でとにかく物知りで、そしてめちゃくちゃ強い、エマにとって
当然、エマの夢はサニーのような侍女になること。エマが夢を口にするたび、両親と兄たちは優しく笑い、憧れの人は少し
しかしそれから数年後。彼女は自分の夢が
〇 〇 〇
王宮の図書館に設置された会議室。十九歳になったエマは、自分が人生をかけて
「今日は
「宗主国、アルスター王国からの訪問があるんだ。王子
正装の文官たちがぞろぞろと中庭を通り、どこかへと移動していく。それを窓越しに
「ふぅん。そうなの」
イアンの答えに
「まだ資料が必要だわ。B策
「ああ、それはこちらに準備してあるよ」
「ありがとう」
エマの要望を受けて、イアンは部屋の
ここ、ローウィル王国が属するのは魔法が人々の生活を支える世界。
たとえば、エマの向かいに座るイアンは『水』と『風』の二属性持ちだ。
「……何?」
次にエマが顔を上げたのは、イアンからの視線を感じたからだった。
「ひさしぶ……いや、えーと、あいかわらずキレイだなと思って」
「……イアン? 何を言っているの」
エマは、一瞬彼が言いかけて
エマの外見は背中までの
しかし、子どもの頃から
「ねえ。何か
「……ほら。僕のことは気にしないで早く覚えちゃって。時間がないんじゃない?」
ごまかすようなイアンの
エマの属性は、四大属性のどれにもあてはまらない『時』である。
平民にも貴族にも職業
『時』を
今日も、エマは三か月前から『時渡り』の力でここにやってきた。
『時渡り』ができるのは、能力を持った本人だけ。エマは三か月前の時点から意識だけを飛ばし、記録に従って待ち構えているイアンと落ち合っている。
「……うん、できた。これで終わりね。イアンも知っていると思うけど、私はこの任務が最後の『時渡り』なの。これまで私のことを助けてくれてありがとう。これからは友人としてよろしくね」
「……うん……エマ、僕は……」
イアンが言葉に
エマとイアンの付き合いの長さはだてではない。彼は何か重要なことを話そうとしている、そう察したエマは、気が付かないふりをして右手の
『印を』
浮かび上がったのは、90という数。エマがやってきた場所に
『時渡り』のルールの一つ、『必要以上に未来を知らないこと』。イアンは、きっと感傷的になっているだけに
なぜなら、今日でエマは時属性を失うのだから。
『
そう唱えて目を閉じると、目の前が真っ暗になる。
「エマ。聞いて……!」
いつも冷静で
きっと、体を明け渡した後の自分が謝罪までしてくれるだろう。そう思いながら、
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