第九話・続

会長に孫の面倒を見て欲しいと頼まれた


なんで私がそんな事をしなければならないんだろうとは思ったけれど、孫を見る会長の目は優しく、社員に恐れられている人と同一人物とはとても思えない


よろしくお願いしますとお行儀よく挨拶をする姿に何か親近感を感じて、素直に引き受ける事にした


幸さんはとても頭が良く教えた事をどんどん吸収していくので仕事を教えるのも段々と楽しくなっていった


いつしか学校では生徒会に入り沢山の習い事をこなす幸さんの力になってあげたいと思うようになる


私自信話すのはあまり得意ではない、仕事の関係上同僚や上司、取引先の方々と話すことはあるが、出来るならば避けたいと思っていた


幸さんも控えめで物静かなので無言で過ごす事も多かったが、何か似たような部分をお互いに感じ取ったのか少しずつ世間話をするようになっていった


会長に頼まれていたのでそれとなく家族の話を聞いてみる、母親はとても厳しく、父親とはあまり接する事がないようで、ほぼ母の手で育てられたらしい


お世話になってるからと幸さんに誘われ

お宅に伺ったことがあったけれど、幸さんの母親である鷹ヶ浦 幸恵さんは厳しそうな雰囲気はあったものの幸さん同様物静かな方だったので三人はほぼ無言で豪華な食事を堪能たんのうした


会長は笑いながら何度も「いつか幸に会社を継いで欲しい」と語る


私も手伝いたいと思った、直感でしかないけれど幸さんならきっと会社を大きくより良くしてくれるはず


問題は幸さんの父親である鷹ヶ浦 祐源


幸さんには悪いけれど私はこの男が大嫌いだった、話しかけられるだけでも虫唾むしずが走る


当然幸さんは私と同じ大学に入ると思っていたのだけれど、少しランクが下の大学に入学したと聞いて驚いた


同じ大学なら、忙しい幸さんのために多少の融通を利かせてくれるよう頼む事も出来たのになぁと少しだけ残念に思う


会長はデレデレで進学を喜んでいるし、幸さんなりに考えがあって決めたのだろうと特に追及するような事はしなかった


ただ少しだけ、悪い予感がした


いつ頃からだっただろう、幸さんの顔がよく暗い顔をするようになった


「どうしたの?体調でも悪い?」「何かあった?」


聞いてみるが大丈夫ですと微笑むばかりで何も言ってはくれなかった


そして事件は起こる


私はその日深夜まで会社に残っていた、会社のお金が不正に動いているという噂を耳にしたので調査をする事にしていた、もし本当ならば早急に発見し内々に処理しなければならない


少し休憩しようかと自動販売機でコーヒーを買い、長椅子に座って休んでいると電話がかかってきた、幸恵さんからだ


電話に出るがずっとすすり泣いている声が聞こえるだけで何も話してはくれなかった


「大丈夫ですか?何かありましたか?落ち着いて下さい、幸恵さん」


しばらくするとゆっくりと話してくれた幸さんが人を刺したらしいという事


そして、そのまま自殺してしまったという事


まだ警察も詳しく調べ終わったわけではないのではっきりした事はわからないけれどと幸恵さんは力なく話した


私はどんな顔をして話を聞いていたのだろう、足元からぶるぶると震えていた。幽霊みたいに真っ白な顔をしていたかもしれない


「幸恵さんそちらへ伺いますので、どうか落ち着いて下さい」


落ち着いて下さいとは私自身へ向けた言葉でもあるいつの間にか落としていた缶コーヒーも無視して会長の部屋へ向かった


会長はちょうど帰り支度をしていた、仲の良い社長と通話会議という名の世間話は終わったようだった


私は幸さんが亡くなったという頃だけを短く伝えた、はっきりとした情報を確認していないし、もし幸恵さんの話が全て事実ならば会長がどれほど気に病んでしまうか想像に難くなかった


会長は予想を超えてショックを受け、胸を抑えながら床に倒れ込んでしまった


私は即座に救急車に連絡を入れかかりつけの病院へと搬送してもらった


同時にこれ以上の負担がかからないように会長への連絡は私へ一本化するように根回しし情報を遮断するよう病院へもお願いをした


もし、幸さんが人を刺した事が事実なら、自殺したことが事実なら、会長が耐えられるとは思えない


入院の手続きも済ませ幸恵さんに会いに行くためにタクシーに乗り込んだ


後部座席に座り一息つくと再び震えが襲ってくる、シートに力なくもたれかかり窓に額を当てながら流れて行く景色を眺めた


もっと私に出来る事あったのかな


幸さんの事を信頼していた、彼女なら大丈夫とも思ったし困ったら相談してくれると思ってた


私の憧れた家庭教師の先生みたいに、支えになってあげたかったもし私が思うより信頼されていなかったとしたら・・・


「寂しいな」

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