第十話
ひよりが咲の家庭教師を務めるようになってから一年間はあっという間だった
桜が咲き始め少し強めの風が吹いた日、咲は鳴いている子猫を見付けた
恐る恐る近付いてみても逃げる様子もなかったので、子猫と向き合うようにしゃがみこんだ
「あなた一人なの?」
「・・・・・」
不思議なものを見ているかのように少しだけ首をかしげるが当然のように返事は返ってこない
「私も一人だったの。ずっと、長い間一人だった。でも素敵な人に出会えた、憧れの先生」
子猫はその場に留まったまま顔を前足で搔いている、そしてちらりと咲に目を向けると再び顔を掻く作業に戻っていく
「先生の笑顔は見ていると心が温かくなっていく気がするの。
きっとあなたにも素敵な出会いがあるよ」
子猫はふっと鼻を鳴らすと、とてとてと歩き出す
向かう先には親猫らしい猫が待っていた
子猫が親猫の傍に近付くと、猫たちはぷいっと顎を上げてから誰かの庭へと去っていった
高校二年になり生徒会長を任された、塾に習い事に生徒会と忙しく日々を過ごす
同級生の中にはバイトをしている子達もいたが咲は特に買いたい物もないので興味は持たなかった
高校生になったときに両親に携帯電話を持たされた、どういう風の吹き回しだろうと思ったがその理由はすぐに判明した
学校の帰りや習い事の帰りが少しでも遅くなると母から何処にいるの?はやく帰りなさいと電話がかかってくる
いっそ壊してしまいたいという衝動に駆られる事もあるが、そんな事をしてもあの人らを怒らせるだけでなんの意味もないと諦めた
両親の連絡先しか入っていない、縛り付けてくるだけの存在だった携帯にひよりの連絡先が加わると、壊してしまいたいという思いは不思議と薄れていく
二人で祭りに行ってからは度々家庭教師の時間はひよりに連れられて出掛ける時間になった
ウィンドウショッピングをしたり映画を見に行ったり、どれも咲には初めての経験で新鮮だった
勉強をしなきゃという思いは常にまとわりついてきていたが、ひよりの楽しそうな笑顔を見るとその思いも暖かな心に上書きされていった
ひよりは一緒に出掛けた日は必ず課題を咲に与えた
「今日思った事感じた事を、なんでもいいから素直に書いてね~」
咲にとってはその課題はどんな勉強よりも難しいものだった
(服がかわいかった、映画は面白かった、きっとそう思っていたはず)
そう思っていたはず、感情はどこか別な場所にあるような気がしてそれが自分自身のものなのかどうか咲には判断が出来なかった
ただ、ひよりの優しい笑みに応えれるようになりたいという気持ちだけは咲が確信出来る唯一のものだった
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