第九話

「彼が変わり始めたのは劇団サークルに入ってからだった」


それまでは楽しそうに最近プレイしたゲームの話や観たアニメの話、友達とのやり取りを

話してくれていたのに、いつしか悔しい、あいつより僕のほうが絶対良い演技が出来るのに等と恨み言ばかり口に出すようになっていった


本気でやりたい事がないと悩んでいた彼が、のめり込む物を見付けた事は嬉しかったが、徐々に顔が険しくなり優しかった笑顔も何処かへ消えてしまった


元々二人で何処かへ行く機会は少なかったけれど、秋人と過ごす時間はとても楽しかった


癒され、ようやく上向き始めていた私の心も、最近は再び暗闇の中に沈み込んでしまうように感じられる


ある日秋人から劇団に入団したという電話がかかってきた


「劇団に入団したんだ、今度こそ何がなんでも主演を勝ち取るよ」


寝耳に水だったけれど、嬉しそうな声を聞くと


「応援してるね」としか言えなかった


私は両親の望み通り(夢を叶えたかったわけではないけれど)

一流企業に就職する事が出来た


驚いたのは秋人の友達で元同級生の夏木 藤次がいたこと


相変わらず愛想の良さそうな顔で職場の人達と談笑していた、とくに話題もないので何も言わず通り過ぎようとしたら向こうから声をかけてきた


「雪代さん、久しぶりー」


私は黙って会釈だけを返す


「秋人とはどう?」


「普通です」


「ラブラブってこと?」


「・・・・・」


正直面倒くさいと思った、悪い人ではないのは分かっているけれど、関わりたいとは思っていない少し雰囲気が変わった気もする


私は再び会釈をしてその場を立ち去った


秋人が劇団に入ってからはますます会う時間は減っていった休みが近くなると


(次の休み、どこかへ出掛けない?)

とスマホに打ち込んでみては消すという作業を繰り返した

演劇にのめり込んで一生懸命頑張っている秋人の邪魔をするわけにはいかない


それに、怖い顔で恨み言や愚痴ばかりを話し続ける秋人の姿はあまり見たいものではない


私も仕事にのめり込んでいった、成果を出せばきちんと評価をしてくれる職場環境はやる気を溢れ出させてくれる


新店舗の立ち上げや取引先とのパイプ役なども引き受ける


「普通そこまで色々任されないよ、さすが雪代さん」


などと同僚たちが褒めてくれる事もやる気に繋がった


二年が経つと会長の秘書に任命された、私は現場でもっと働きたかったけれど、ただの秘書ではなく部署の統括まで任せたいと言われ、断る理由もなかった


私は嬉しくなって秋人にメールをするとすぐに電話がかかってきた


「おめでとう、やっぱ僕と違って咲はすごいな」


少し複雑な気分になったけれど、声から察するに喜んでくれていることは確かだった


「そうだ、聞いてくれよ。やっと舞台に立てる事になったんだ。脇役なんかじゃない、ちゃんとセリフのある役をもらえた」


「おめでとう、観に行ってもいい?」


「いや、まだ観に来なくていいよ。咲には主演になった僕を見てもらいたい、最高の演技を見せたいんだ。その時には特等席のチケット

をプレゼントするからさ」


「そう・・・分かった。応援してるね」

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