第八話・続

二人は特に何か会話するでも無言で歩いた


秋人としてはいくつか聞いてみたい話はあったのだが、まだ今はすべきではないと思っていたし、咲と歩いているだけで満足だった


「何か良い事でもありましたか?」


不思議そうに首をかしげながら咲が尋ねる、秋人は話かけてきてくれた事を喜んだが冷静を装って応える


「ん、どうして?」


「顔が嬉しそうです」


「顔に出ちゃってたか。そうだね、良い事はあったよ。先輩に言われたときは動揺したけど、僕は雪代さんともっと話したいんだ」


「私と話しても楽しいとは思えませんが」


「そんな事ないさ、なんでもいいんだ。好きな食べ物とかはまってる趣味の話とかさ」


「好きな食べ物・・・?」


「うん、雪代さんは好きな食べ物ある?」


「特にありませんけど・・・先生と食べた物

はよく覚えています」


そう言うと咲は俯いたまま一言も話さなくなった


(先生?誰のことだろう、担任ではないよな)


咲の沈んでしまった様子を見て秋人はそれ以上話しかけずそっと隣を歩く事だけに集中した


「さようなら」


礼儀正しく頭を下げてから去っていく咲を見送ってから秋人も帰路へ向かう


(もう一度笑顔が見たい、この想いはずっと変わらないんだ)


・・・・・


秋人と咲は週に二日ほど一緒に下校するようになった、教室から一緒に出て行くのはハードルが高かろうと凛が気を利かせ、一度生徒会室を介してから学校を出るようにした


「・・・それで続きが気になっちゃって結局寝る時間なくてさ」


「そうなんですね」


秋人はハマっているアニメやゲーム、藤次とのやり取り等を話した


咲からはほとんど話をしなかったが、興味がないと切り捨てるようなことはせず、心地良いタイミングで相槌を打つので秋人はいつもより饒舌じょうぜつになった


そのおかげなのか秋人にとって二人で下校する時間はとても有意義なものに感じられた


「もう来年は受験だね」


「そうですね」


「雪代さんはやっぱり国立目指すの?」


「はい。両親にそうしろと言われてますので」


「それじゃ来年はもっと忙しくなりそうだね」


「そうですね」


「何か将来やりたい事とかあるの?」


「ありません」


「僕もないんだよね、打ち込めるもの探したいとは思ってるんだけど。

漫画集めたりは好きなんだけどさ。雪代さんは何か集めてたりする?」


「ありません、両親に余計な物は捨てろと言われてます」


秋人は何かわからないモヤッとしたものが胸に溢れるのを感じた


「そういえば、ハンカチは使ってくれてる?」


「隠してあります」


「隠す?」


「捨てられるのは嫌ですから」


捨てられるという言葉は気になったが秋人は触れずに話題を変えることにした


「もうすぐ冬休みだけど、旅行とか行ったりするの?」


「いえ、いつも通り勉強して過ごす予定です」


「藤次達と初詣行くんだけど、良かったら雪代さんも来てみない?

言葉はきついときもあるけど良い奴なんだ」


「すみません、必要以上に出歩くなと言われてます」


「厳しいんだね、ご両親」


「分かりません、小さい頃からずっとそうでしたから」


淡々とした話し方は変わらないが、声はまるで怯えているようだった


「じゃあさ、僕が代わりに雪代さんの合格祈願しておくよ」


秋人はわざと明るく振る舞うと咲ににっこりと微笑みかけた


咲はそんな秋人を見てぱちぱちと瞬きをしてから何も言わずに俯いて歩き続けた

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