第七話・続

焦りは蓄積ちくせきしていった、すぐに主演が出来るほど甘いものではないと理解しているものの、誰よりも努力しているし、今の劇団において自分よりも相応しい人がいるとも思えなかった


徐々に増えていく酒の量と比例したように胸のきしみも増していく体調を心配する声に秋人は全く耳を貸さなかった


「休んでる暇なんてないんだ、もっと頑張らないと、歌もダンスも演技も、誰にも負けるわけにはいかない」


秋人は何本目かわからない酒を飲み干すと缶を放り投げ大の字に寝転がった


(誰よりも努力をしているのに、なんで僕より努力もしてない下手な人達が先に行くんだ)


そんな考えが頭を支配してく、いつ頃からか飲まずには寝る事が出来なくなっていた


アルコールで強制的な眠りにつく直前にある疑問が浮かんでくる


(あれ、なんで僕はこんなに頑張ってるんだっけ?)


・・・・・


二十六歳の誕生日を迎えた翌日、三か月後に行われる公演の配役を決めるために秋人含め団員は稽古場に集められていた


張り詰めた空気の中、今回の舞台を担当する

監督によってゆっくりと役が割り振られていく


秋人は目をつむりながら名前を呼ばれるのを待った


不思議と緊張はしなかった、もし主演に選ばれなければ文句を付けて移籍してやろうと考えていた


(この劇団で僕より上の人間なんていない、

また負けたとしたらそれは周りがおかしいんだ)


「主演は春永野秋人」


名前を呼ばれ秋人はゆっくりとまぶたを上げ「はい」と力強く返事をした


喜びはなかった、選ばれて当然なのだ。ほっとするなんてこともなかった、文字通り死ぬ気でやり通さなければならない


秋人の初主演ということで劇団内はざわついていた、当たりがきつく、自信過剰とも言える普段の態度から団員達は秋人を快くは思っていなかった


「春永野の尖った雰囲気がこの役にはあっている」


監督にそう説明されるが秋人にその意味は汲み取ることが出来なかった


(尖った雰囲気?僕が?大丈夫なのかこの監督。まぁいいさ、この劇団は僕が引っ張り上げてやる)


アルコールの量が減ることはなかった、主演が決まりさえすればすっきりするだろうと思っていたが気分も晴れなかった


胸の軋みははっきりとした痛みとなって現れるようになり、稽古中は不思議と気にならないのだが、休憩時間になると秋人は強烈な痛みと吐き気に襲われトイレの個室にこもることが多くなっていった


やっと掴んだ主演を身体の不調なんかで失う訳にはいかないと、劇団員たちはおろか藤次達にすら相談はしなかった


公演を一ヶ月後に控えた日、秋人は病院のベッドで目を覚ました


「なぜ病院に?」


検診に来た医者に尋ねると、稽古の帰りに倒れたところを救急車に運ばれそのまま入院したという事だった


「こんなとこで休んでる場合じゃないんだ、帰ります」


そう言ってベッドを降りようとすると医者に制止される


「春永野さん、落ち着いてください」


「僕にはやらなければならない事があるんだ」


「医者として貴方を行かせるわけにはいきません、すぐに手術をする必要があります」


「は?」


秋人は医者を睨みつけた


「何言ってるんだ?あんた」


「胸の痛みで夜もろくに眠れないんじゃありませんか?」


「・・・眠れてるよ」


「これを見てください」


医者が手に持つレントゲン写真に目を下ろすと、医学などわからない秋人にでも一目で理解が出来た、腫瘍があるということを


「悪性腫瘍です」


様子を見ながら静かに医者は告げた

秋人の手がぷるぷると震え始めた


次の瞬間


「あははっはっはははぁ」


大声で笑いながら秋人は写真をびりびりと破り捨てた


「春永野さん、ショックでしょうが落ち着いてください」


「ショック?ショックなんてありませんよ。僕はそんなものに負けない、誰よりも僕の演技は上なんだ」


応援を呼ぼうとする医者の肩をぐっと掴むと、秋人は額がくっつきそうなほどの距離に詰め寄っていった


「僕は舞台を成功させる、邪魔はしないでください。僕がどうなろうと貴方の責任ではありません、頼むからほっといてくれ、黙って行かせてくれ」


医者の白衣にぽたぽたと雫が落ちた、睨みつけるような表情のまま秋人の目からは涙が溢れ出ていた


肩をぱっと離すと、困惑したままの医者を無視し、秋人は少ない荷物を持って病室を出て行った


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