第六話・終

一部始終を聞いた藤次は大笑いした


「よく言えたなーそんな事。見方によっては告白だぞ」


「そうなんだけどさ、つい」


「いや見直した。さすが俺の親友だ、せっかく仕事任せてもらったんだからしっかりやらないとな。

俺も手伝うからなんでも言ってくれな」


文化祭の準備は順調に進んでいった、起こりうる問題もある程度予想されているスケジュール表に従って秋人はクラスメイトに指示を出したり、ときには頭を下げて仕事を頼んだ


渉外交渉ではひと悶着あったのだが、それも咲の手助けで無事に解決することが出来た


それだけではなく、咲は何かもっと良く出来ないか漠然としたアイデアを出すクラスメイト達の意見を耳に挟んでは、具体的なアイデアへと昇華させてさり気なくアドバイスをして回っていた


「なー秋人」


調理室でクラスメイト達が楽しそうにクレープの試作品を作っている所を壁に寄りかかりながら眺めている藤次が秋人に話かけた


「雪代さんの姿が見えないけど、どうした?」


「ちょっと保健室で休んでくるって」


「そうか」


「急にどうした?」


「いや、御剣先輩が心配してたんだよな。ちょっとやつれてきてる気がするって。やっぱそういうとこ女子は鋭いよな」


「正直僕も休んでくるって言われて初めて気付いたよ。やっぱり無理してたんだな」


「真面目なんだろうな」


「そうだね」


「学祭、本当はどう思ってたんだろうな」


「分からない、けど応えようとしてるように見えた。はっきりと言えないけど」


「どうしたいとか自分から意見言わないもんな」


「うん」


「俺は雪代さんがどんな人なのかなんて全然わからんが、しんどくないのかな」


・・・・・・・・


学祭当日、秋人は校庭に建てられたテントへ仕込みを済ませた食材を調理室から運ぶ仕事で大忙しだった


委員として働いてきた二人は調理や宣伝担当などはやらなくて良いと決まっていたが、予想以上に盛況で手が足りなくなったため

急遽手伝うことになった


「僕が一人でやるよ」


咲には生徒会として学祭全体を見回る仕事がある事を知っていた、それでも頼まれれば断ろうとしないだろうと考えた秋人は真っ先に手を挙げた


正確に言えば調理担当は余っていたが、突然運び担当の子が調理がやりたいと言い出した。どうせそこまで人来ないって~と軽く決められてしまったが、歪な人数分担となった影響は見事に現れた


(だから表通りにした方がいいって言ったのにな)


咲が作った分担表には盛況だった場合各担当が何をどこまで手伝って仕事を回していくのかまで細かに記されていたのだが、すっかり意味の

ないものとなってしまっていた


「秋人頑張ってるかー」


調理室の椅子に座って一休みしていると宣伝担当をしていた藤次がクレープ片手に現れた


「午後は俺が代わってやるよ」


「え、でも」


秋人は声を潜めた


「御剣先輩と学祭周らなくていいの?」


「バーカ、周れるわけないだろ。お前こそ雪代さんと行って来いよ」


「無理だよ。それに、頼って欲しいって言ったのに結局ぐだぐだになっちゃったし、合わせる顔がないっていうかさ」


「おい、顔面にクレープ投げ付けんぞ」


「やめろよ」


「真剣にやった結果だろ、今までのお前と比べたら頑張った方だって、胸を張れよ」


「そうかなぁ。誘ったら一緒に周ってくれるだろうか」


「それは知らん」


そんな会話を知ってか知らずか午後になると客足が増え秋人が持ち場を離れる事も出来なくなっていった


漸く落ち着いたのは学祭が終わる一時間前頃だった


「ちょっと行ってくるね」


藤次はおーとだけ言って秋人を見送った


(あれ、忘れないようにしないと)


秋人はまず教室に戻り鞄の中からブランドのロゴが入った作りのしっかりしている小さな紙袋を取り出した


紙袋を手にどことなく学祭の終わりを漂わせ始めた校内で咲の姿を探した


30分ほど探したが全く見付かる気配はなかった、ちらほらと後片付けを始めている校庭も見てみるがやはり見付けられなかった


手にした紙袋を眺める


(後日でも渡せるけど、出来れば学祭中に渡したい。ほとんどの場所は探したし、あと雪代さんがいるとしたら多分・・・)


秋人は軽く生徒会室のドアをノックしてからゆっくりと扉を開けて中に入った


(やっぱり、ここにいたんだ)


咲は両手を枕代わりに机に突っ伏したような恰好で眠っていた


秋人は起こさないようにそっと部屋の中に入っていくと咲の近くにある椅子に腰を下ろした


電気の付いていない部屋を微かな夕日が照らしている


(こんな所で寝るなんて、相当疲れてたんだな)


額を腕に当てるように寝ているので顔はほとんど見えないが、無防備に寝ている姿に愛おしさを感じた


(他の子達と何も変わらないんだ、住む世界が違うなんて事はない、ただの一人の女の子だ)


この部屋だけ時が止まったかのように静かな時間が流れていった


「ん、、、」


やがて目を覚ましゆっくりと顔を上げた咲は秋人の姿を見付けると上半身を跳ねるように身を起こした


「何か、用ですか?」


「ごめん、びっくりさせちゃったね。起こすのも悪いと思ったけど後回しにもしたくなくて」


秋人は小さな紙袋の中から白い箱を取り出すと咲の前にあるテーブルへ置いた


「プレゼント。僕の勝手な想いだけど、どうしても今日渡したかったんだ」


「プレゼント?なぜ私に?」


「まぁ開けてみてよ、気に入ってもらえるかはわからないけど」


リボンで彩られた箱を開けると中には紫色の蝶が描かれたハンカチが入っていた


「夏にハンカチ借りたからお返ししなきゃと思って。女の子へのプレゼントなんて初めてだからどれがいいかすごく迷ったけど、気に入ってもらえたら嬉しい」


照れ隠しのように秋人は早口で話す


「すみません、気を使わせてしまって」


「いや、そんな、気を使ったとかではなくて」


「・・・ありがとうございます」


少しためらったようにも見えたが受け取ってもらえた事に秋人は胸をなでおろした


「ほんとはちょっとでも一緒に学祭周れたらな~なんて思ってたけど、プレゼント渡せただけでも良かったよ」


「なぜですか?」


咲の真っすぐ見つめてくる瞳に秋人は耳を赤くして顔を背けた


「その、雪代さんにも学祭楽しんでもらえたらなって。

行ってみたい場所とか食べてみたい物なかった?」


「特にありません」


「そっか・・・じゃあ僕は片付け手伝いに行ってくるね」


「私も行きます」


「大丈夫だから、雪代さんはゆっくり休んでよ」


「・・・わかりました」


咲は一人になると窓の外を眺めた


(先生も言ってたな、『大丈夫だから』って)

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