第六話・更

夏も終わり、二年生にとって最大の行事である文化祭に向けての準備が始まる


三年生は受験で忙しくなるために二年生がメインとなって盛り上げていかなければならない


毎年学校周辺の商店街とも連携して盛大に執り行われている


クラスの学祭実行委員には秋人と咲が選ばれた


『生徒会長なんだから雪代さんでいいと思いま~す』『さんせ~い』

『交渉とかいろいろ楽そうじゃん』


クラスの、主に女子から声が上がると男子たちもそれに続いた


「おいおい、押し付けるのかよ」


藤次の不機嫌そうな抗議に花坂 真紀が対抗する


「それなら藤次も実行委員やったらいいじゃない」


「それは話が違うだろ、公平にやろうぜー」


「仕切る人がいないと話が始まらないじゃない、早く進めるために雪代さんに頼むっておかしい事?」


「いや、そうかもしれないけどよーせめて投票しようぜ」


「結果が分かりきってる投票なんて必要ないでしょ。藤次ってやっぱり・・・」


「お前何言ってんだ?」


クラスがざわざわし始めると、藤次は呆れたようにため息をついた


「雪代さんやってくれるわよね?」


真紀が訪ねると咲はとくに何も答えないまま席を立つと真っすぐ教壇に上がっていった


「では、もう一人の実行委員を決めたいと思います。立候補する方はいらっしゃいますか?」


その瞬間クラスのざわめきが止み静寂が訪れた


秋人は感心した、咲の堂々とした態度と言葉はまるで教師のようでとても同い年の女の子とは思えなかった


「立候補者がいないのであれば推薦となりますがよろしいですか?」


先程まで声を張り上げていた真紀も雰囲気に気圧されたのか悔しそうな表情で黙っている


緊張したような静かな時間の中


「僕がやります」


秋人は手を挙げた


「ありがとうございます。他に立候補したい方はいませんか?」


皆ちらちらと周りの様子を窺う中で藤次だけはにっこりと笑みを浮かべていた


・・・・・・


「おう、やるじゃないか秋人」


お決まりのように藤次は秋人の背中を叩いた


「いたい。まぁ雪代さんの足を引っ張らないように頑張るさ」


「俺も手伝うからよー」


「ありがたいけど、藤次には部活があるし、ただでさえ雪代さんは忙しそうだから、僕が頑張らないとね」


焼きそば屋、メイド喫茶、お化け屋敷等様々な候補が上がる中、秋人達のクラスはクレープ屋をする事になった


次の日、秋人は咲に呼ばれ生徒会室を訪れた


(うわぁ、なんか緊張するな)


息を吐いてから扉をノックし、失礼しますと中に入ると椅子に座った咲の横で立ったまま机に手を付き片手で長い髪をかきあげて首元で抑える御剣 凛が二人で何かプリントを見ている光景が目に入った


それはまるで一枚の写真か絵画のように見えて秋人は息を呑んだ


生徒会室といっても特別なものではなく小さな部屋に長テーブルと椅子、資料用の棚に電子ポットが置いてあるだけのシンプルな部屋だった


秋人に気付いた凛はにっこりと微笑む


「じゃあ各クラスの申請書は私が目を通しておくね」


そう言って鞄を抱えると扉の近くで二の足を踏んでいる秋人の傍に近付き


「雪代さんを助けてあげてね」

と耳元で囁いた


凛の吐息が耳に触れて秋人は顔が熱くなるのを感じた、アイドルと言われるような先輩に耳元で囁かれては動揺するなというほうが無理だった


凛はひらひらと咲に手を振り笑顔でまたねと言ってから颯爽と廊下を歩いて行った


「春永野君、この表を見てください」


咲の声がふわふわした状態から抜け出せないでいた


秋人を現実に引き戻した


「う、うん」


渡された紙には学祭当日までに行わなければならない


仕事のスケジュール、食材調達の仕方と手順、クラスで決めなければいけない役割等事細かに書かれていた


「これ雪代さんが書いたの?」


「はい」


「すごい・・・」


心から賞賛したがその言葉は気に留められないままどこかへ消えていった


「テントを張る場所と調理場の確保はこちらでやっておきます。不測の事態に備えて余裕を持たせたスケジュールにしてますが、何かあれば私に相談してください」


「う、うん」


「渉外交渉については後日伺わせていただく事になっています。学祭の規模に対して予算が

少ないので、商店街の方にご協力頂かなければなりません」


「それは誰が・・・?」


「私が行きます。社会勉強を含んだものですから無理な要求をしなければ時間を掛けずともご協力頂けると思います」


「ちょっと待って雪代さん」


「何か問題ありますか?」


「雪代さんが大変すぎる、習い事や塾もあるんでしょ?」


「そうですけど、御剣先輩が生徒会の仕事は任せなさいと仰ってくれましたので、だいぶ強引でしたけど」


(なるほど)


凛が藤次の彼女であるという事を秋人は納得をした


「そうじゃなくて、もっとクラスの奴らに頼ってもいいと思うんだ」


「当日の仕込みや調理、飾りつけ等は任せるつもりです、それなら彼等も嫌がらないでしょうから。それまでの事務的な作業は私がやります」


秋人ははっきりとクラスメイトと咲の間にある溝を感じた、だがそれも当然だと思った


悪意を向けてくる相手に対して距離を置こうとするのもまた自然な事である


(それでも、雪代さんが優しくて温かい人なのはきっと間違いじゃないと思うんだ)


面倒な事は私に任せておいて皆は文化祭を楽しんでと咲が言っているように秋人には聞こえた


「手を挙げるとき結構勇気いったんだ、僕は委員会とか進んで入るタイプでもないから」


「そうですか」


「なんで手を挙げられたかって言うとさ、雪代さんを手伝いたかったんだ。一緒に仕事をしたかった」


恥ずかしい事を言った自覚はあったが今は気にしている時ではないと秋人は続ける


「頼って欲しい、雪代さんが全部背負う必要なんてないし、藤次だって手伝ってくれるって言ってくれた。

そりゃあ雪代さんから見たら僕なんて頼りないと思うけど、精一杯頑張るから」


口を一文字にして話を聞いている咲の表情からは何も読み取れなかったが秋人の方は頬も耳も赤く染まっていた


「では・・・」


咲はスケジュール表に書き込みを加えた


「渉外交渉は春永野君に一旦お任せします、場合によって私がお店に向かう事が出来ない可能性もありますので。

それとクラスの方への指示出しをお願いします、私が言うよりは素直に聞いてもらえるでしょうから」


少し引っかかるような言い回しだったが、秋人は頼ってもらえた事を喜んだ

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