第六話・続

結局秋人はろくに咲と話すことも出来ずに夏休みとなった


情けないなと思いつつもきっかけをうまく掴めずに、クラスの中で益々孤立していく姿を眺めるだけだった


「夏休み、暇だな」


部活にも入っていない秋人は一日中ゲームをして過ごしたり、映画を見たりして過ごしていた


藤次は大会に向けて珍しく真面目にサッカーに打ち込んでいる


一度秋人は藤次に聞いてみたことがある


「なんで普段さぼったりもしてるのに夏休みに入ると真面目に部活するんだ?」


「いや、そんなさぼってねーし。俺はプロになれるなんて思ってないからさ、部活部活で縛られるのも嫌だし。

でも一応俺エースだし、一生懸命頑張ってる仲間の足だけは引っ張りたくない」


「プロになる気はないんだ」


「なる気あったらもっと強い学校に行ってるって」


秋人はソファーに転がりながらなんとなくその時の事を思い出した


(なんだかんだ頑張ってるんだよなぁ藤次は。僕もいつか打ち込めるようなものを見付ける事が出来るんだろうか)


・・・・・


「暑い」


予約していた新作ゲームを購入するために秋人は街へ出ていた


店へ向かう大通りで信号が変わるのを待ちながらなんともなしに人々の姿を眺めた


(皆やりたい事ってあるのかな、僕は将来何になるんだろう)


そんな事を考えていると信号が青へ代わる、横断歩道を渡り切った所で前方から歩いてくる人物が目に入ると秋人は歩みを止めた


(ゆ、雪代さん・・・)


咲は見慣れた制服を着ていた、夏休みといえど人を寄せ付けないような雰囲気は相変わらずだった


固まったように立っている秋人の横を特に気に留める様子見なく咲は通り過ぎていった


(気付かなかった?いや、雪代さんから話しかけてくれるなんて期待してたわけじゃないけど。今はそれより)


慌てて振り向いた秋人は横断歩道を渡る咲の姿を確認した、信号機がそろそろ色が変わりますよとちかちか点滅している


(今しかないぞ、行け、話しかけろ。動け僕の足、明日から歩けなくなってもいいからっ)


大げさな事を考えながら一定の調子で歩く咲の後ろ姿を追った


「雪代さんっ」


秋人が声を掛けると咲は立ち止まりゆっくりと振り返った


「何かご用ですか?」


そう言う咲の顔はいつもと変わらず、まるで暑さなんて感じていないかのように涼しく無表情だった


「え、えっと。用があるわけじゃないんだけど・・・」


(しまった、何話そう。あぁしかも走ったから汗だらだらだし息切れてるし引かれたらどうしよう)


「そうですか、では失礼します」


去って行こうとする咲を秋人は再び追いかける


「いやあの、ずっと雪代さんと話したいと思ってて」


思わず出た言葉に秋人は口を覆った


「私と?なぜですか?」


「一年のときから同じクラスだけどちゃんと話した事なかったし。でも僕はやりたい事もないし勉強も中の下だから話かけるのにも勇気がいるっていうか・・・」


「すみません、仰ってる意味がよくわかりません」


咲は表情を変えず抑揚のない声で答えながら一定の調子で歩き続ける


「ごめん、そうだよね。えぇと何処かに向かう途中?」


「答える必要があるとは思えませんけど」


「そうだよね・・・」


そう言って秋人はたははぁと誤魔化すように笑いながら頭を掻いた


「夏期講習があるんです」


「えっ?」


秋人は驚きのあまり立ち止まった。話題を

振らなきゃと捻り出しそうとするが、焦りからか何も思い付かなかった


同じく歩みを止めた咲は教材が入っているであろう大きめの鞄からハンカチを取り出すと秋人に差し出した


「汗、拭いて下さい」


立っているだけでも汗が噴き出る暑さな上に、咲と話す緊張も相まって秋人が来ていたTシャツは汗が滲み色が変わってしまっていた


「あぁ、ごめん。いや、いつもはここまでは


汗かかないんだけど・・・さっき少し走ったからかな」


「どうぞ」


ハンカチを差し出す咲の腕は、暑さのせいかいつもよりとても白くまるで雪のように見えた


それはこのまま溶けて消えてしまうんじゃないだろうかと思わせるほどで、秋人は胸が高鳴るのを感じた


「受け取れないよ、雪代さんもハンカチ必要でしょ?」


「もう一枚持ってますので」


「そ、そっか。それじゃありがたくお借りします」


秋人は青みがかった生地にレースの付いたハンカチを受け取ると額の汗を拭いた


「百回くらい洗ってから返すね」


「結構です、差し上げます」


「いや、でも」


「夏は汗をかくものですから、一枚くらいハンカチを持って出歩いて下さい」


暑さなんて全く気にしてないような表情だが、咲の額にも薄っすら汗が浮かんでいるのが見える


「そうだよね、ありがとう」


「私はこれで失礼します」


「うん、夏期講習頑張って。ハンカチありがとう、話せて嬉しかったよ」


さようならと言って去っていく咲の後ろ姿をその場に立ち尽くしたまま見送った


(やっぱり雪代さんは優しい人だ、間違いない。


藤次、今なら胸を張って答えれらる


僕は雪代さんの事が大好きだ

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