第二話
時計の針を左に回してみた、そんな事をしても意味がないことなんて分かっている
でも、もしかして、もしかしたら
時間が戻って色々な事をやり直せるかもしれない、取り戻せるかもしれない
・・・・・・
御ヶ西灯神社の神主は予約の時間まで神社の掃除をすることにした
境内を掃除して回るのはちょっとした気分転換にちょうど良いと、神主のお気に入りだった
参拝客の様子を眺めながら、木の箒でゆったりと落ち葉をかき集めていると、事務員がお客の到着を知らせに現れる
「ありがとう、すぐに行くので本殿にご案内して下さい」
箒を社務所に返し中鳥居をくぐり本殿へ向かう、本殿には各種行事が執り行われるとき、あるいは事前に予約をした相談客のみ入ることを許されている
広い本殿には、事務員に案内された女性のお客がぽつんと座っていた
神主が「お待たせいたしました」と声をかけると女性は立ち上がり深々と一礼をした
青白い顔をし、ろくに食べ物を食べていないのか少し衰弱しているようにも見える
「どうぞ、お座りください」
そう言って神主も女性と向かい合うように座った
「お祓いをご所望との事ですが、少々お話を伺ってもよろしいですかな?」
「はい」
お祓いの依頼をしてくる客のほとんどはどこかびくびくと怯えている様子な事が多いのだが、青白い顔の女性は背筋が伸びて堂々としている。眼鏡で緩和されているがまっすぐ神主を見る視線はとても鋭かった
「鷹ヶ浦会長をご存じですか?」
「存じております」
「私はそこで秘書をしていたのですが、会長とお付き合いの深い方からうちで働かないかとオファーを頂いたのです」
「それは良いお話なのではないですか?」
「えぇ、そうなのですが」
女性の視線が少し揺らぐ、表情は全く変わらないがきっと何かためらいがあるのだろうと神主は静かに言葉の続きを待つ
「私の周りの方に不幸が多く、オファーを受けていいのかわからないんです。
失礼な話かとは思いますが、私は所謂霊障と呼ばれる類は信じておりません。
ただ、不幸が多い事は事実です。
もしまた私の周りにいる誰かに不幸があったらと思うと、前に進めないんです」
そう語る口調は落ち着いていて、声が震えるという事もない。ただ、行儀よく脚に添えられて両手には、僅かに力が入っているようだった
(きっとこの方は、心を隠す事に慣れてしまっているのだろうな)
神主はそんな事を思いながら、女性に問いかける
「この神社に祀られている神様をご存じですか?」
「調べましたけれど、詳しい事までは・・・恋愛や勉学で有名であるとしか」
「えぇ、何処にも載っていませんからね。この神社では死神様を祀っているのです」
「死神様・・・?」
相変わらず表情は変わらないが、微かに揺れる声が僅かな動揺を神主に知らせる
「実は全国には二ヶ所ほどあるのです、死神様を祀っている神社。
まぁこの御ヶ西灯神社ほど大きくて有名な神社は他にありませんが」
「隠しているという事ですか?」
「えぇ、その通りです」
「なぜそんな事を?」
女性が問いかけると神主は物思いにふけるかのように遠くを眺めた
「残念ながら、死神様に良いイメージを持っている方は少ない。
遥か昔この神社が作られた時代、死神様を祀るという行為は争いを生みました。場合によっては首をはねられてしまうなんて事もあったそうです。
そういった理由からご先祖様方は密かに死神様を祀ることにしました、そして死神様を祀っている事実を皆で隠したのです」
神主は所々崩れかけている木箱から巻物を取り出して畳の上に広げた
「これをご覧ください」
女性は言われるままに巻物を覗き見るが、随分昔に書かれた文字のようで何が書いてあるのか読むことは出来なかった
「何が書かれているのですか?」
「これには、先祖様の懺悔の言葉が記されています」
「懺悔?」
「えぇ、表立って祀ることが出来なくて申し訳ないと、死神様への懺悔の言葉が綴られています。
そして我々子孫へ託す言葉、魂が道に迷ったときに正しく導いて下さる死神様への感謝を未来永劫忘れる事のないように、と」
「それは分かりましたが・・・失礼ですが私の相談とどの様に関係が?」
腑に落ちなそうな女性に神主は微笑む
「死神様とは正しき巡りへと導いて下さる存在、終わりを迎えた魂を新たな始まりへのきっかけを与えるために。
貴女の周りで不幸が起こったとてそれは貴女の責任ではありません。
人それぞれの巡りの中で、魂が巡る中で、
貴女という存在がそこにいたというのは自然の理です。
悪人であったならばその限りではありませんが貴女は悪人ではない、きっと綺麗な魂を持った方だと思います。
確かに不幸が多いのでしょう、しかし貴女と触れ合うとき、同じ時間を過ごすとき、皆頼りにしていたでしょう、感謝していたでしょう、笑っていたでしょう。
貴女が気に病む事はないのです。
前へ進もうとする貴女を死神様は見守って下さいます」
・・・・・・
女性は賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を合わせてから鳥居をくぐり神社の外へ出る
悪しき心に憑き物は付く、清い貴方には必要ありませんと言われ結局お祓いはしてもらえなかった
(綺麗な魂と言われてもね)
世の中には極稀に死神の姿を見る事が出来る子供もいるらしいと教えられ、見えざる者が見えている子がいたら手助けをしてやって欲しいとも頼まれたが、雲を掴むような話を素直に受け入れるには少々の時間が必要だった
石階段を下りながら神主の言葉を思い出す
(会長の最後の言葉は謝罪だったけど、確かに頼られていたし二人でいる時はよく笑っていた気もする。
幸さんは・・・最初は面倒に思ったけれど、
素直でかわいくて接するうちに妹ってこんな感じなのかなって思うようになった)
彼は・・・どうだったんだろう
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