第三話

 初めてあの子の笑顔を見たのは高校二年の春、子猫に優しく微笑みかけている

横顔が目に焼き付いて離れない


「もう一度笑顔が見たい」



 春永野 秋人は一年間同じクラスにいながら特別に意識をしたことはなかった


 成績は常に学年トップクラスで一年生から委員会に入りスポーツも万能な雪代咲の事を、自分なんかとは住む世界が違うものだと思っていた。無表情で口数も少ない咲の姿は近寄り辛さを加速させている


 クラスメイトと談笑しながら、授業中にこっそりと秋人は咲の顔をちらっと覗き見るが、いつも表情は同じままだ

 何を考えているのかはもちろん楽しいのか退屈なのか、澄ました表情からは感情の一分すら読み取ることが出来ない


(そういえば、あの日以来笑っているとこを見た覚えないな)


 違う世界の住人だと思っていたはずが、一度意識をし始めるとその表情や姿が気になってしまう


「なぁ、最近雪代さんの事ちらちら見てるけど好きなのか?」


 高校からの帰宅途中、夏木 藤次が秋人に尋ねる


「え、ばれてたのか・・・」


「そりゃな、俺と話してるときもたまに見てるしよ」


「まじか。まぁ好きとは言わないけど気になってはいるよ」


 夏木 藤次は茶髪で成績は並みだがサッカー部ではレギュラーとして活躍している。帰宅部であまり目立とうとはしない秋人とは対照的だが不思議とウマが合った。小学校から同じ学校に通っている事もあり、二人は仲が良かった


 答えるのが恥ずかしいような質問だったが、藤次には誤魔化してもばれるだろうと正直に打ち明けた、秋人自身嘘をつくのが苦手だと言う事も自覚をしている


「だーと思った、お前が女子に興味もつなんて珍しいよな。応援してやると言いたいとこだけど相手が雪代さんじゃなぁ、諦めた方が早いんじゃないか」


「それは自分でも分かってるさ」


 秋人は自嘲気味に笑う


「女子に興味持ったんなら紹介してやろうか?」


「いや、いいよ。それより気になってるんだけど、雪代さんて仲の良い友達とかいないのかな?」


「さーなー、なんか近寄り辛いし、俺もプリントがどうのって1、2回話した事があるくらいだしな」


「そっか」


「あーそういえば、女子の中には結構雪代さんを嫌ってる子もいるみたいだな」


「えっ?」


 秋人は驚いて藤次の顔を見る


「去年の秋ぐらいかなぁ、なんか陰口叩いてる子達がいたからちょっと注意してやったんだよ」


「なんで雪代さんが」


「そりゃあ、勉強出来てスポーツ出来て先生からは信頼されてておまけに美人ときたら嫉妬する子がいてもおかしくないだろ」


「そういうもんかな」


「そういうもんだ。せめて愛想良ければ違うんだろうが、無表情だし無口だしな」


「・・・でも優しい子だよ」


「優しい?」


 今度は藤次が少し驚いいて秋人の顔を見る


「ノートを見せてあげたりとか、制服で手を拭こうとした子にさりげなくハンカチを貸してあげたりとか」


「よく見てんじゃん、てか見すぎだろそれ」


 藤次は大声で笑ってから秋人に尋ねた


「で、声は掛けたのか?」


「出来るわけないだろ」


「だろうな、知ってた」

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