最終話

「思い出されましたか?」


 空の声にはっと我に返る


「幸は、死んだのか」


 幻一郎はがっくりと肩を落とした。生気がなくなったかのように顔は青白い


「さぁ、参りましょう」


 空が手を差し伸べる


「どこへ行くと言うんだ、ここは病院だぞ」


 その言葉にはもう力はこもっていなかった


「幻一郎様のいるべき場所はここではありません、耳を澄ましてください」


 空がひらりと舞うと、白い光の束と共に紫色をした無数の蝶が病室を覆っていく


・・・・・・


 誰かの声が聞こえる


「おやじ!おやじ!起きてくれよ、俺一人じゃなんも出来ねぇよ、ちゃんとするから、真面目に働くからさ。おやじ、起きてくれよぉ」


 棺に覆いかぶさるようにしながら泣いている男がいる


「情けない奴だ、祐源か。おい、儂はもう面倒をみてやれんぞ、しっかりしろ・・・ちゃんと向き合えてやれなくて、すまなかった」


 幻一郎は息子に声をかける


「・・・・・・・」


 一言も発することなく棺に向かって手を合わせている女性がいる


「すまない雪代君、君には世話になってばかりだ。孫の面倒を見てくれてありがとう、幸は君の事をお姉さんが出来たみたいで嬉しいと言っていたよ」


 やがて光は消え、気付くと元の暗い病室へと戻っていた


「死神」


 幻一郎が呟くと空は微笑んだ


「私は・・・悠祈 空と申します、所謂、死神です。あなたの魂を狩りに参りました」


「儂は・・・死んでいるのか」


「はい、取り残された魂を私たちは導くのです」


「あの世というやつか・・・幸や響子に会う事は可能なのだろうか?」


「残念ながらそれは出来ません、出来ないからこそ夢を見るのです。今が終わらないように、未来が希望で溢れるように」


「儂はいつ死んだのだ」


 尋ねてみても優しい微笑みを浮かべるだけで答えてはもらえない


「過去も現在いまも未来も、全ては儚き蝶の夢、夢から覚めた先は何処いづこへ繋がっているのでしょう」


 空は身長よりはるかに大きな鎌を舞うようにして構えた


「儚き夢のお仕舞です、死地の旅へと参りましょう」


・・・・・・・


 風鈴の音が聞こえる


 麦わら帽子をかぶり白いワンピースを着た女の子が微笑んでいる


「風鈴見るの、楽しい?」


 夏の日に出会った


 結局 


 最後の最後まで


 待たせてばかりだ


 すまない ありがとう


 おかげで随分と走る事が出来た


「ふふっ、お疲れ様」

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