第八話

 消灯時間を過ぎて病院は静まり返る


 今日も幸は来てくれるだろうか、幻一郎はそんな期待からうまく寝付けずにいた


 写真を眺めながら来訪者を待っていると目の前を一匹の蝶が通り過ぎて行った


 驚いて顔を上げるとぼんやりとした光を纏った見知らぬ女の子がベッドの横で微笑んでいる


「君は・・・?」


悠祈ゆうき そらと申します」


 空が抱えている大鎌を目にすると、幻一郎はベッドから転げ落ちるのではと思うほどに飛び上がった


「君は、一体なんだ、その大鎌はどこから」


「ふふふ、落ち着いてくださいな幻一郎様」


 慌てる姿を見て、口に手を当てながら上品に微笑む


「警備に、雪代君に連絡を・・・」


 慌ててベッドの横に備え付けられた棚の一つ一つをガタガタと確認するが携帯電話は見当たらなかった


「隣に置いてありますよ」


 その言葉にベッドの上に目をやると携帯電話は幻一郎が座っていた場所に落ちていた


 電源を入れるが登録しているはずの連絡先は全て消えていた、頭に記憶していたはずの電話番号が一つも思い出せない


「誰か、誰かいないか!」


 幻一郎は大声で叫んだ、静かな病院に助けを求める声が響き渡る


悠祈 空と名乗るこの少女が何者なのかはわからない、こんな大鎌を持つような者をまともだとも思えなかった


「落ち着いてくださいな、幻一郎様」


 空がなだめるように声をかけると、はぁはぁと肩で息をしていた幻一郎は大きく深呼吸をして息を整えた


・・・・・・


「君は、何者だ?」


 沈黙の後に幻一郎は問いかけた


「死神です、若輩者ではありますが」


「死神だと!冗談はよしたまえ、そんなものがいるわけ・・・」


落ち着きを取り戻した幻一郎の息が再び荒くなる


「幸さんとの夢は、楽しかったですか?」


「は?」


「幸さんとの夢、奥様との夢、消えてしまった未来の夢」


「君は何を言っている」


 憮然とした表情の幻一郎に空は告げる


「いくら待っても幸さんは来ません、もう亡くなっていますから」


「亡くなって?何を言ってるんだ、昨日だって・・・」


 「幸が来てくれた」という続くはずの言葉は、突然喉を絞められてしまったかのように口からうまく発する事が出来ない


・・・夢?

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