第七話・続
結婚をしてから幻一郎の忙しさには拍車がかかる、徐々に会社が大きくなり社員も増えると比例するように帰る時間も遅くなった
疲れ果てふらふらになりながらも仕事をこなす、それでも家に帰れば響子が待っていてくれるという気持ちが幻一郎を突き動かした
それは祐源が生まれても変わることはなかった。会社のために、会社を大きくするために、憑りつかれたかのように働き続けた
ほとんど家にいない幻一郎と子供だった祐源の距離は離れて行った、それは必然であったのかもしれない
そんな二人の間を響子が取り持つ、たまの休みに三人で出掛ければ、響子を中心に和やかに笑い合った
しかし幻一郎と祐源の溝は埋まらない、少しでも響子がその場から離れれば、重い沈黙が空気を覆っていく
事件が起きたのは幻一郎が出張で地方へ出ているときだった。響子が交通事故にあい、亡くなったと知らせが入る
幻一郎の視界は真っ暗になりその場に崩れ落ちたが、共に出張に来ていた部下に大丈夫ですか?と声をかけられなんとか正気を取り戻した
(信じたくない、どうか夢であってくれ)
幻一郎は初めて、仕事を放り出した
理由は誰にも話さなかった。言葉に出せば事実として確定してしまう気がして、怖かった
ホテルに置いてある荷物など気に留める間もなく慌てて帰りの電車へ乗り込んだ
息を切らせた幻一郎が霊安室に入ると、母の亡骸を前に立ち尽くしていた祐源が殴りかかる
「なんで、あんたはいつもいないんだ」
殴りつけてくる腕を幻一郎は両手で抑えたが、泣き叫ぶ息子にかける言葉を持ち合わせてはいなかった
「おふくろはいつも待ってたんだぞ、夢のために頑張ってるんだから応援してあげてねって、寂しそうに!」
「・・・すまない」
かろうじて出てきた謝罪の言葉は誰に向けたものなのか、行方も分からず彷徨いながら宙に消えてゆく
・・・・・・
祐源と二人になった家庭をどうしたら良いものか、幻一郎には分からなかった
「これで飯を買いなさい」と書いたメモと、数万円が入った封筒を出掛ける前にテーブルに置いた
渡す金額が多すぎる事は頭の片隅にあったが、せめてもの気持ちとして受け取って欲しいと思っていた
そんな想いを知ってから知らずか、高校生となった祐源は度々問題を起こすようになる
携帯に学校から何度も連絡が来ていたが、幻一郎がその電話に出る事は一度もなかった
もう少し面倒を見てやるべきかもしれないという考えは忙しいを理由に頭から捨て去った、もう後戻りは出来ないのだ
家族を一本の糸で繋いでくれていた響子はもうこの世にはいない
幻一郎が帰宅しても祐源は家にいない事が増え、大人しく家にいたかと思えば顔を合わせるなり金を貸して欲しいとせがむようになった
そんな息子を𠮟りつけるが、泣きつく姿を見ると頼みを断る事は出来なかった。霊安室で殴り掛かってきた祐源の怒りと悲しみの表情が脳裏に刻み込まれている
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