第七話

 両手に二つの箱を大事そうに抱えて帰郷する電車に揺られる


 三年という月日は、夢を叶えるために脇目も振らず走り続けた幻一郎にとって長いようで短かった


 祖父母や下宿先の老夫婦等様々な人達が協力してくれたこともあり、在学中に複数の喫茶店を経営する会社を設立することが出来た


 とりわけ祖父母と仲の良いという新聞社の社長が広告を手伝ってくれた事は大いに助けられた。立ち上げこそ血を吐く思いだったが、最初の店舗が軌道に乗れた事で展開するのにはそれほど苦労せずに済んだ


 次の事業を展開する前に一度帰ることにした、沢山の人に助けられた事と運が良かっただけで自らの実力はまだまだであると自覚している。この機会を逃せばまた休む暇もなくなってしまうかもしれない、けじめを付けるなら今しかないと考えた


 響子とは手紙でやり取りをしていた、実際の事はわからないが手紙の中の響子は元気そうで楽しそうで少し安心をする


 疲れ果てた夜には、祖父母の家から持ってきていた風鈴を指でつついて音を鳴らしてはあの月夜の出来事を思い出した


・・・・・


 家に着くと祖父母は諸手を上げて迎えた。幻一郎が夢に向かい更に一歩進んだことを、自分たちの事のように喜んでいた


「そうそう、響子さんが来ているよ」


 祖母の言葉に心臓が高鳴る、足元が突然柔らかくなったかのように真っすぐ立っている事が出来ずにふらついてしまう

 

 響子はよく二人で風鈴の音を聴いていた縁側に座って庭を眺めていた


 随分と大人びた横顔を見ると喉が乾いてうまく言葉が出て来なかった


「おかえりなさい」


 庭を眺めたまま響子が先に声をかけた


「ただいま」


 考えてみるといつも響子が先に声をかけてきてくれていたような気がした、幻一郎は心の中で(やるぞ)と呟く


「君を迎えにきた」


 声が裏返りそうになるのを必死に堪える、心臓は高鳴り続けている


 三年という月日は待つ方にとってはとても長い。結局、幻一郎は一度も待っていて欲しいとは伝えなかった


 人それぞれの人生がある、いつ果たせるかも分からない約束をする事には抵抗があった。もし好きな人が出来たと言われれば、それを素直に祝福したいと考えていた


 幻一郎は無言で庭を眺め続けている響子の横に片膝を付いて手を差し伸べた


「何も伝えてはいなかった、もう手遅れなのかもしれないが、ずっと、あの夏の日からずっと響子の事が好きだった。

君を迎えにきた、ここからまた一緒に歩んでいきたい」


 目を閉じたまま返事を待っていると、差し伸べていた手の上に温かい手が重ねられる感触を感じた


 ぱっと目を開けると薄っすらと涙を貯めながら嬉しそうに微笑む響子の顔が目に入った


「おばあ様くらいの年齢になるまで待ってるつもりだったけど、随分早く来てくれたのね」


「待っててくれたのか・・・」


「何年世話を焼いてあげてたと思ってるの」


 幻一郎は握りしめていた小さな箱から銀色の指輪を取り出すと、震える手で響子の指へ噛みしめるように指輪を捧げた


「好きだ」


「私も大好き。でも、もう待たせないでね」

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