最終話 届かぬ声に膝抱え 流す涙は別れ唄

「俺と同じ顔?なんだよこれ意味わかんねぇ」


 どこから出ているのかもわからない上ずったような声で頭を抱えながら呟いた


「薄々、気付いていたのではありませんか?・・・」


 少女は優しく語りかける


「はぁ?何をだよ、何もわかんねぇよ、俺はこの道を通りがかっただけだ!」


 浩介は声を荒げるが底の空いたバケツに水を入れているかのように怒りの感情はすっと通り抜けていく、心臓の鼓動が激しく高鳴ることはなく、顔が赤くなることもない


 湧き上がるような怒りを目の前の少女にぶつけようとするが怒りの感情は浮かぶと同時に消えていく


「あああああああ」


 行方のわからない感情に振り回され、全てを吞み込んでしまうような暗い夜空へ向かって浩介は叫ぶ


(薄々、気付いていたのではありませんか?・・・)


 頭の中を少女の言葉がこだまする、徐々に混乱が洗い流され冷静さを取り戻していく


「俺は・・・」


「死んだのです」


 浩介の言葉を少女が補足する


 その声は妙に大きく、先程までの優しさを一切感じさない無慈悲な響きが含まれていた


「死んだ・・・」


「はい、死んだのです」


「俺は死んでいるのか」


「はい、死んでいます」


 死・・・死・・・


 未だ状況を呑み込めていない浩介に少女は再び優しく語りかける


「あなたは殺されたのです」


「殺された?一体誰に」


「あなたは知っているはずです」


 浩介は血を流し倒れている死体を観察しながら考えてみるが誰の名前も浮かんではこなかった


「教えてくれよ、誰なんだ?」


「・・・幸さんです」


 その声は先ほどまでの優しさを含んだものではなく、冷たさを漂わせていた


「あいつが?なぜ?あいつが俺を殺すなんてあり得ないだろ・・・

それに、君は一体何者なんだ?」


「私は・・・悠祈ゆうきそらと申します、所謂、死神です、あなたの魂を狩りに参りました」


 少女がひらりと舞うと足元から蝶が飛び出し周囲が幻想的に輝きだす


 何を言っているかわからないといった表情で空の舞いを眺めていた浩介はふーっと深いため息を吐いてからバチンと頬を叩くと小さく笑い出した


「はは、夢か。あまりにもリアルな死体だったから混乱したが、そうか、これは夢だ、悪い、夢だ」


 空の舞う姿は現実と言うにはあまりにも幻想的過ぎるものだった


「そうですね・・・過去も現在いまも未来も、全ては儚き蝶の夢、夢から覚めた先は何処いづこへ繋がっているのでしょう」


 その言葉が合図かのように、空は身体に不釣り合いな大鎌を振り上げた、金色の瞳がきらりと光を放つ


 浩介は今にも大鎌で斬りかかって来そうな気配を感じ、慌てて声をあげる


「待て、待て、これは夢だ、自分で起きる、俺は・・・

俺は・・・」


(いつ寝たんだ?)


 焦燥感が走るが相変わらず感情は流れるように消えていく、棒でかき回されているかのように頭の中がぐるぐると回る


 仲間たちと飲んだ・・・いつ?


 幸と結婚式を挙げた・・・いつ?


「先輩、死神って信じてます?」


 ・・・誰だ? キミは、誰?


 夢、夢、どれが夢でどれが現実なのか、様々な情景がぐるぐる、ぐるぐると回る


 ふと、ぼろぼろと涙を流している幸の姿が浮かぶ、小さな手に血の付いたナイフを握りしめ、細い肩をぶるぶると震わせている


(また泣いてんのかよ・・・まぁ、俺が悪いよな)


 浩介はがくっとその場で膝をつく、腹を抑えていた手は真っ赤に染まり、傷跡から溢れるように血が流れ出ていく


「俺は幸に殺されたのか・・・」


「はい」


「それで君が俺の魂を狩りに来たと」


「地縛霊になられてしまっては現世の方々に迷惑がかかってしまいますので」


「そうか・・・」


 諦めを込めながら呟き、まるで処刑を待つかのように正座をする


「魂を狩られたら俺はどうなる?」


「さぁ、、、私は魂が迷わないように導くだけですから、その後の事は閻魔様のみ知る事です」


「幸は、どうなった?捕まったのか?」


「お亡くなりになられました」


「え?」


「この近くの公園で、あなたを刺した凶器で自ら・・・」


 もういい、と浩介は言葉を遮る


 幸が人を殺して平然としていられる性格じゃないことは分かっている


 (分かっていた、はずなのに。結局最後まで・・・)


 夜空に叫びたくとも、叫ぶ為に必要な感情は血と共に流れ出し残ってはいない


「幸さんはどんな夢を見ていたのでしょうね。素敵な、花嫁衣裳を纏った夢でしょうか。それとも、心を突き刺す裏切りの夢でしょうか」


 責めているようにも聞こえるが、抑揚のない空の声には感情は一切感じられない


 目を閉じ一言一言を脳内に馴染ませているかのように聞いていた浩介は覚悟を決めたかのように


「あぁ・・・」


 とだけ呟いた


「儚き夢のお仕舞です、死地の旅へと参りましょう」


 空は全てを刈り取るように大鎌を振り下ろす




 味噌汁、どんな味だったっけ・・・


 分からない 分からない


 どうして君は泣いてるんだ?


 そうだ、もっと良い指輪を買ってやらないと・・・


 さようなら、さようなら


 君を抱き締めるのはこれが初めてだ、手が真っ赤に染まってる


 えぇと、だれだっけ


 こんな事言っても夢だと勘違いされてしまうかもしれないけど


 考えてはいたんだ、君に殺されるのなら大人しく受け入れようって

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