第9話
「吞みすぎちまったな」
0時過ぎ、浩介は薄暗い街灯の下をふらふらと歩いている
鼻歌交じりに歩を進めていると、ぴちゃっという水溜まりを踏んだ音が聞こえて足を止める
「あー最悪、雨なんか降ってなかったのに」
靴が濡れていないか確認しようと足元に目をやると、その水が真っ赤な色をしている事に気付き浩介は思わず後ずさる
「え、、、血?まさか、な、きっと誰かが絵具でも零したんだ」
そう自分に言い聞かせるように呟いてから視線を少し前に向けると、暗がりで仰向けに倒れている人の姿が目に入る
腹の辺りから流れる大量の血に、浩介が踏んだのは水でも絵具でもなく血なんだという事実が突き付けられた
「うっ、、、あ」
吐き気が催し口に手を当てその場に立ち竦む浩介の背後から、追い打ちをかけるように
からん
という響くような高い音と何かを引きずっているような音が聞こえてくる
からん ずず からん ずず
音は一定のリズムを刻みながら徐々に近付いてくる、すると冷凍庫にでも入ったかのように辺りの空気は冷たくなり、立ち竦んでいた浩介はぶるぶると震えだした
吐く息が白くなり、思い出したかのように急激な腹の痛みが襲ってくる
(寒い、腹いてぇ・・・けど今は説明が先だ、俺がやったと勘違いされてたらたまったもんじゃない)
寒さに震え痛む腹を抑え呻き声を上げながらも、誤解されぬよう説明しなければと後ろを振り向くと、そこには長い黒髪に紫と白のグラデーションカラーの蝶模様が入った黒い着物を着た少女が立っていた
「・・・」
少女の姿とその手に持つ大鎌を見た浩介はごくっと唾を飲み込む
一切の慈悲さえ感じさせぬような威圧感をもちつつも、恐怖感は微塵も与えない大鎌は僅かな街灯の光を増幅させ辺りを照らしている
美しい顔立ち、光に照らされ輝いているように見える金色の瞳はまっすぐ浩介を見据える
現実感のないその姿にしばし見惚れていた浩介がはっと我に返り口を開く
「通りがかっただけだ、俺が殺したんじゃない」
「・・・知っていますよ」
答えながら少女はくすくすと微笑む、その声は包みこむような優しい声をしていた
「見てたのか?良かった、け、警察に連絡を」
携帯電話を取り出し電話をかけるが、どれほど掛けてみても電話が繋がることはなかった
「携帯、持ってるか?俺のは壊れてるみたいだ」
「落ち着いてくださいな」
少女は相変わらず優雅な微笑みを浮かべている
(この状況で落ち着いていられるか)
口から出そうなところをぐっと堪え、目を閉じて二度ほど深呼吸をする
(十六歳前後の子に怒鳴るなんてさすがにダサいか・・・そもそもこんな時間になんで)
目を開けた先に少女の姿はなかった、再び鳴り響いたからんという音にびくっと肩を揺らしてから身体を音の方に向ける
血を流して倒れている死体の隣に少女は立っていた
「通りがかっただけならば、何故殺したんじゃないなんて仰ったのでしょう?」
「え?」
「この方が亡くなっていると、確認したのですか?」
「これだけ血が流れてたら、死んでると思うだろ」
調子の崩れない優しい声で問いかけてくる少女に、浩介は負けじと冷静さをアピールするようなトーンで答える
少女はそうですねと相槌を打ちながら浩介に向かって手を伸ばす
「さぁ、こちらへいらしてください」
「は?なんだって?なぜわざわざ死体に
近付かなきゃならないんだ」
頭ではしっかり抵抗していているはずなのだが、浩介の意志とは無関係に足は勝手に動き出す。少女の声に導かれるように一歩一歩、血溜まりの中で靴が赤く染まっていく
「ぐっ、ああ」
一歩足を踏み出すたびに腹が痛み凍えた手足の感触はなくなっていく、地面に足をついて歩いているのか宙に浮いているのかすら分からない
導かれるままに死体の傍に立つ浩介の目の前を紫の蝶がひらりと横切った、無意識にひらひらと飛ぶ姿を追いかけると、蝶は死体の頬へと止まる
「・・・」
様々な感情が混ざり合い浩介は言葉を失った、横たわっている死体の顔は浩介にうり二つだったのだ
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