第5話 

「結婚しよう」


 就職活動が近くなり慌ただしくなる周囲を尻目に浩介は幸にプロポーズをした


 女友達に頼んでブランド物のリングケースをもらうと、雑貨屋で見つけた安物のリングを入れてプレゼントをする


 一目で安物であるということはバレてしまうだろうが、今までの付き合いの中で幸がそのことに目くじらを立てるような性格ではないことは分かっていた


 浩介がプレゼントしたものなら例えただの石ころだって喜んでくれるだろう


 案の定、幸は嬉しそうにリングを握りしめながら何度もありがとうと繰り返す


 サイズの合わないリングは、うれしそうに宙にかざした幸の細い指でくるくると踊っている


「もっと良いやつ買えるように頑張るから、待っててくれな。次は一緒に買いに行こう」


 あまりにも素直に喜ぶ幸の姿に影響を受けたのか、もっと真剣に向き合うべきなんじゃないのかと浩介は考え始めていた


・・・・・・


 心境の変化があったのか、浩介はアパートのある駅近くのカフェでバイトを始める


 今のところ就職する気はなかったので就職活動をする代わりに週五、六とバイトに打ち込んだ


 イケメンで表向き人当りがいいために、いつの間にか近所で評判の店員として密かに有名になっていく


 仲間たちとも遊びに行くこともせず、まるで人が変わったかのように働き続けた


 店長からの信頼も厚く、このまま正社員として働かないか?と誘われることも少なくない


 そんなある日、浩介は新しく店に入った子の教育係を任された


「よろしくお願いします、先輩」


 明るい茶髪に少し濃いめのメイクをした新人の子は無邪気そうで、どことなく生意気そうな笑みを浮かべながら浩介に挨拶をする


「よろしく、厳しくするから覚悟しとけよー」


 言いながら浩介は心の中で大きくガッツポーズをした


(めっちゃタイプだわ、この子)

 

 レジの打ち方や席の片付け方、洗い物などを丁寧に教えていく、ふんふんと頷く姿や働いている姿、ちょっとした冗談にけらけらと楽しそうに笑う姿を見ているうちに、浩介は新人の子から目が離せなくなっていった


 休憩時間になると、二人は休憩室という名の事務所に向かった


「私、先輩と同じ大学なんですよ」


「へー知らなかったな、こんなかわいい子がいたなんて」


 思わず浩介の口から漏れたかわいいという言葉に新人の子はくすっと微笑む


「先輩こそ、有名ですよ~イケメンだって」


 言いながら両手で頬杖しつつ浩介の目を覗き込む


「先輩がいるからこの店で働こうって決めたんです」


「それは、嬉しいな」


 浩介はにやついてしまいそうになるのを我慢しながら答える、もっとこの子を知りたいという気持ちが大きくなっていく事にもなんとなく気付き始めていた


 時間が過ぎるのを忘れてしまうほどに二人は夢中に話を続けた


 やがて休憩時間が過ぎているのに気付き、慌てて部屋を出ようとすると新人の子はあと少しだけとでも言うかのように浩介の服の裾を掴む


「先輩、彼女いるんですか?」


「いないよ」


躊躇うことなく浩介は答えた

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