第3話 

 二人は学祭から三ヶ月ほど経ったころに付き合い始めた


 浩介としてはさっさと既成事実を作ってしまいたいところだったのだが、幸は習い事や家の手伝い、講師の仕事などをこなし忙しく生活していたためになかなかデートをする時間は取れなかった


「さすがになぁ。まぁ遊び相手には困ってないし、あいつと付き合おうなんて物好きもいないだろ。いたとしても強引に奪ったら済む話だしな」


 一度もデートしないまま告白するのは自信家の浩介からしても無謀だと判断し、幸の予定が空くのを大人しく待つことにした


 付き合うようになったからといって幸が急に暇になるわけはなく、半年たった今でもデートが出来るのは多くても月一回ほどしかなかった


 その事を浩介は残念がるどころかとても喜んだ、おかげで気兼ねなく気に入った子に声を掛ける事が出来るし遊び歩ける


 関係を続けるための義務としてこなすデートなんて少ないにこしたことはない


 付き合い初めは浩介から積極的に連絡をしていたが、いつからかすっかり立場は逆転していった


 毎日来る幸からの通知を煩わしく思い無視することも多くなっていく


・・・・・・


「やっと堂々と酒が飲めるな~」


 二十歳の誕生日を過ぎると浩介の遊び癖は拍車がかかっていく


 毎日のように仲間たちと飲み歩き、ときにはナンパをしたり。気紛れにバイトをするときもあったのだが、店の子に手を出し過ぎて解雇になることも少なくなかった


 遊ぶ金がなくなったときに限り浩介から幸に連絡をした、そして忙しかろうことはお構いなしに会いに向かう


「ありがとう、助かるよ」


 最初は頭を撫でながら掛けていた感謝の言葉も徐々になくなり、今ではお金を受け取ると同時に軽く手を振るだけで去っていくようになった


 幸は去っていく浩介の背中が見えなくなるまで、何も言わずただ切なそうな表情を浮かべながら見送った


 飲み歩いていることを咎められると浩介は顔を真っ赤にして怒鳴り散らす


 直接暴力をふるうような事はしなかったが、ときにはテーブルを殴り、辺りにある物を乱暴に投げ飛ばした


 怯えた幸が涙を流し全身を震わせながら「ごめんなさいごめんなさい」と謝れば、浩介は幸の頬に残る涙の跡にそっと触れる


「ごめん・・・俺ってほんと屑だよな。迷惑ばっかかけて、泣かしちまって。

でも俺には幸しかいないんだ、幸に見捨てられたら生きていけない。

誰も俺を分かってくれないんだ・・・

幸の前では素の自分になれる。こんな情けない姿、他の奴には見せられない。

部屋に入れたのだって幸が始めてだ、他には誰一人入れたことはない・・・頼むから見捨てないでくれ。

幸が作ってくれる最高な味噌汁の味・・・忘れたくない」


 まるで別人になったかのように顔を覆いながら弱々しく話す浩介の手に、見捨てたりなんかしないと言う様に幸はそっと手を重ね合わせる


 すると顔を覆ったまま浩介はほくそ笑む


(俺って演技上達してるよなぁ、いっそ俳優でも目指すか)


 そんな浩介でも、幸の作る味噌汁をとても気に入るというのは本当の事だった


 飲むたびに家庭の味ってこういうものなのかと感心をする


 今まで知らなかった味、空っぽな自分を肯定してくれるような心のこもった優しい味


 味を褒めると涙を浮かべながら恥ずかしそうに微笑む素直な幸の姿は、とても眩しいものに見えた

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