第2話 

 少女は紫と白のグラデーションカラーをした蝶模様が入った真っ黒い着物を着ており、鼻緒に蝶の飾りが着いた下駄を履いている


 腰のあたりまで伸びた長い黒髪は扇のように広がり、微かに聞こえる寝息と呼応するように動く肩の揺れがなければ、人形と見間違えてしまうところだ


 睫毛は長く、肌が真っ白いために赤い唇が少々目立って見える


 横髪が軽くかかっていて顔全体は見えないが、絵から出てきたような美しさを持っていることは察することが出来た


 浩介はごくりと息を飲み込んでから音を立てぬように一歩二歩と近付くが、少女が大事そうに抱えている物体の全体像が見えたところでぴたっと足を止めた


 手に握りしめられた棒のようなそれは二メートルはあるであろう大鎌だった、僅かに差し込む月明かりに鈍く光る刃が目に入ると凍ったように身体は固まり、浩介は一層体温が下がっていくのを感じた


「これは・・・」


 反応の鈍くなる身体と対照的に頭の中は妙にすっきりしていた


 浩介は軽く息を吐き気持ちを落ち着かせると、どうしたもんかなと考えを巡らせる


「警察を呼ぶか、それとも」


 寝ている隙に取り押さえてしまうか、という考えが頭を過る


 例え起きたとしてもこの距離から飛び掛かればこれほど巨大な鎌を振る間もないだろう、抵抗された所で見るからにか弱そうな少女に力で負けるとは思えなかった


 なにより、このチャンスを逃す手はないと浩介は考えた


「こんな美しい子、今まで見たことがない」


 相変わらずメトロノームのように規則的な寝息を立てている黒髪の少女を前に逡巡する


 どれほど時間が経ったのだろうか。一分か、あるいは十分二十分経っているようにも感じられた


 「よし、やるか」


やがて浩介は覚悟を決め、勢いよく飛び掛かる・・・

 

 しかし身体は動かなかった、どれだけ前に行こうとしても足は根を張ってしまったかのようにぴたりと床にくっついている


「なんだよこれ、わけわかんねぇ」


 すっきりしていたはずの頭も霞みがかっていく、同時にすりガラスを見ているように視界が曇っていき、腹に針を刺されたような痛みが走る


 混乱はしているものの不思議と恐怖感などは全くなかった


 俺ってこんなに度胸あったんだなと感心しつつ、一度体制を立て直すために部屋を出ようと振り返ると、急に身体は軽くなり霞んでいた視界も良好になっていった


 理解が及ばぬ出来事と、襲い掛かろうとした事への罪悪感のようなものが湧いてきた浩介は台所に置いてあった呑みかけのワインを無意識に掴みながら逃げるように暗い外へと出た


 腹の痛みだけが鈍く鈍く残っている

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