一章 紫色の蝶は優雅に舞う
第1話
「吞みすぎちまったな」
0時過ぎ、
結婚を一週間後に控え、結婚前祝いと称して仲間たちと呑んでいたのだ
前祝いと称しながら飲み会をするのは少なく見積もっても十回を超えている
「今日の子も可愛かったなぁ、、、連絡先はしっかり交換したし、まぁ、焦る必要もないか」
仲間が連れてきた女の子のうち一人を浩介はすっかり気に入っていた。元々仲間内では女好きとして知られていた浩介の結婚報告に、皆目を丸くして驚いていた
結婚することにした理由を聞かれる度
「もちろん、金のため」
笑みを含みながらそう答える
・・・・・・
二人の出会いは大学の軽音サークルだった
出会いの定番というわけではないかもしれないが、高校のときに軽音部に所属していたこともありギターを弾くことなら出来る、顔が良い以外空っぽと言われる浩介にとって唯一の特技といえるかもしれない
出会った当初、どちらかというと派手好きな浩介は見た目も性格も地味で控えめな婚約者に興味を持つことはなかった
目の端に写る影のような、目に捕らえた次の瞬間には忘れてしまう程度の存在としてしか認識してしていなかった
関係が変わったのは学祭でライブをした後だった
軽い打ち上げをしている最中
「ええええ」
という何かに驚いたような声が浩介の耳に入った
気になった浩介はそれとなく声を上げた女性の元に近寄り聞き耳をたてると、影としか認識していなかった子(後の婚約者)が某大企業のご令嬢であるということと
「幸さん!」
打ち上げが終わると同時に浩介が声を掛けると、びくっと肩を揺らせてから幸は振り返った
傍に近寄ると幸は一歩後ずさるが、それには気にも留めず歩み寄るとささやき声が聞こえる距離まで浩介は顔を寄せる
「一緒に帰ろう」
微笑んで見せてから浩介は半ば強引に、幸の手を引っ張るように歩きだした
空いている方の手を固く握って胸に寄せ、俯き気味に歩く幸の姿を眺める
黒髪のセミロングに眼鏡、化粧っ気はなくアクセサリーも身に着けてはいないようだった
(う~ん、やっぱ全く好みじゃないな)
令嬢というワードが耳に入らなければ近寄りすらしなかっただろうと浩介は思う
軽音部時代の話や学祭の話など右から左に抜けていくような話を、幸は戸惑いつつも相槌をうちながら聞いた
強引に手を引く男の話など普通なら抵抗したり、あるいは無視してしまうのだろうが、幸の性格からするとその選択肢はないようだった
本来は五分の道を、話をしたいからとあえて遠回りをし十五分かけて最寄り駅に辿り着く
駅に着いても浩介はすぐに幸の手を離さない
手を繋いだまま幸の正面に道を遮るように立つと、満面の笑みを浮かべて見せる
「たくさん話せて嬉しかったよ・・・サークルに入ってからずっと幸さんの事が気になってて、仲良くなりたいと思っていたけれど勇気が出せなかったんだ・・・」
言いながら幸の瞳を見つめる、明らかに困惑している表情に気付きながらも浩介は構わずに話を続けた
「学祭で良いライブが出来たら、勇気を出して声を掛けようって決めてたんだ、幸さんにかっこいい姿見て欲しくて・・・さ」
見つめていた目線をあえて少し足下に外し、間を開けてから再び幸の瞳を見つめる
「友達でいいんで、仲良くしてください」
歩きながら適当に考えた台詞を言い切ると、掴んでいた手を放し頭を下げながら今度は大声で叫ぶ
「お願いします!!」
浩介は通行人がちらちらとこちらを見ている事に気付いていた、注目されるためにあえて大げさに振る舞ったのだ
目の前で男に頭を下げられ、好奇の視線を向けられた幸が困惑しうろたえている姿が浩介の脳裏に浮かんだ
「あ、、、あの、、、」
震えた小さな声が聞こえると同時に畳みかけるようにもう一度「お願いします!!」と叫んでから反応を待つ
「頭を、、、上げてください、、、」
浩介が真剣な顔を作りながら再び幸の顔を見つめると、余程恥ずかしかったのだろうか、頬は赤く染まり目には薄っすら涙を浮かべていた
「あの、お友達なら、、、」
幸は両手を固く胸の前で結び、目線を逸らしながら答えた
浩介は吹き出しそうになるのを堪えながら急かすように連絡先を交換すると、用事があるんだと言って駅の中に吸い込まれていく幸を見送る
「ぷっ、ちょろ。はははは」
幸の姿が見えなくなると浩介は吹き出した
「小動物みたいに震えちゃってかわいいとこもあるじゃん、まぁ金のためとはいえ少しはかわい気がないとしんどいからな」
物に出来ればいいし、出来なかったら捨てるだけだ
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