第199話:お伽の街編 星屑の大穴

 

 翌日、ティア達は一番大きく光った洞窟へ向かった。盆地のローベンスタッドを囲むように乱立する大穴だ。日が上っているにも関わらず、内部は先が見えないほど暗い。魔物のティアやララと違い、夜目がきかないアストレアは何度も転びそうになる。あかりの魔道具がなければ進むこともできないだろう。


「これらの洞窟は“星屑ほしくずの大穴”と呼ばれています。街で売られる宝石は大穴から採れたものですね」

「奇妙な雰囲気だ。魔素の流れがあまり感じられないし、トーカスの魔素とは全く違うなぁ」

「ローベンスタッドの魔素は固い、と聞いたことがありますが……私にはよくわからない感覚です」

「魔素を感じられる探求者は少ないからね」

「そういえば、ティアさんは魔素がわかるのですね。もしかして、本当は名のある探求者だったり……?」

「まさか」


 探求者だなんてとんでもない。変人と同類に見られたティアは全力で否定する。


 進むにつれて星屑の大穴は独特な形に変化した。地面の起伏が異常なほどに激しいのだ。えぐれたような穴が大量にあいているため平らな地面は全くない。灯りの範囲しか見えないアストレアはさぞ怖いだろう。なにせ、数歩進んだ先には底無しの闇が広がっているのだから。


「魔素と親和性の高い宝石は洞窟の奥で見つけられます」

「希少だって言っていたけれど、そんなに見つけにくいの?」

「奥までたどり着ければ難しくありません。ただ、道のりが大変で……」


 アストレアは足元を照らした。よく見ると小さな亀裂が横穴のひとつから伸びている。言われなければ気付かないような細さだ。


(魔素が亀裂から漏れている?)


 ティアの目は魔素の流れを見ることができる。きらきらと細かい粒子が亀裂の間からあふれていた。ティアは何となく展開が予想でき、近くにあった石ころを亀裂の奥へ放り投げる。


「ちょっ、何やってるんですか……!?」


 石ころが地面に触れた直後、小さな亀裂は瞬く間に広がり、青白い光を発しながら崩壊した。崩落はとどまることを知らず、凄まじい勢いでティアたちを襲う。一度動き始めた亀裂はティアの足元を越えてなお広がり、周囲の地面を全て飲み込んだ。


「わわっ……!」


 ティアは急いで土の足場を形成した。アストレアを横抱きに抱え、ララを頭に乗せながら、止まらない崩落を必死に防いだ。ゴーレムは土を操れるが、何も無い場所から生み出すことはできない。足場にしようとする土が砂のように崩れていくものだから、ティアは強引に魔素で固めた。


「び、びっくりしたぁ……」

「勘弁してくださいよぉ……」

「ごめんねアストレア。ちょっと想像以上に脆かったから焦っちゃった」


 アストレアは抱えられたまま冷や汗を流す。先ほどまであったはずの地面は消失し、暗闇の底に青白い光が見えるのみだ。光のそばには先駆者の亡骸が転がっている。宝石を目当てに足を踏み入れ、崩落してしまった者であろう。


「先ほど説明したとおり、星屑の大穴には特異魔素が溜まっています。そして、ローベンスタッドの魔素は一定以上に蓄積されると、周囲の物体を吸収しながら固形化するのです」

「さっきの亀裂も中に特異魔素が溜まっていたってこと?」

「そうなりますね。先ほどのはわかりやすい例ですが、中には亀裂が現れないほど深く埋まっていて、知らずに踏み抜いてしまう探求者もいます」

「キキッ、天然の罠ってわけダ。面白いナ」

「面白くないですよ」


 土魔法で作られた足場を渡りながらアストレアは運ばれた。何も見えない暗闇をぴょんぴょんと跳ねる体験は、アストレアに言い知れぬ恐怖を与える。ようやくまともな足場に到着したとき、アストレアの両足はぷるぷると震えていた。


「こ、このような危険があるため、腕のよい探求者しか洞窟には潜りません。亀裂を注意しながら暗い洞窟を歩くのは至難の技です」

「……もしかして、私に協力を頼んだのは命綱みたいな意味だったり?」

「あなたの土魔法なら崩落しても切り抜けられると踏んだのです。まさか、自分から崩落させるとは思いませんでしたが……」

「あはは、探求者というのは根に持つ生き物だね。どこぞの天才を思い出すよ」

「執念深さは探求者の才能。誉め言葉です」


 一行は奥へ進む。激しい起伏は何度も崩落を重ねた結果だろう。どの方角を向いても穴があるため、気を抜くと迷ってしまいそうだ。たまに岩陰から白いトカゲがこちらを見ていた。星屑の大穴にも命は芽吹いているらしい。


 進むにつれて魔素がだんだんと濃くなる。ある地点を越えた辺りから、進むというよりも崖を降りているようになった。崩落を重ねたことで深い大穴が形成されたのだ。


「面倒だから一気に行こう。アストレアはちゃんと掴まっていてね」

「ふぇ?」


 アストレアを前抱きに抱えると、ティアは崖のような大穴の中へ飛び降りた。腕の中からアストレアの悲鳴が聞こえる。


「ひゃぁぁああ……!」

「耳元で叫ぶナ小娘」

「そそそそうは言ってもですねぇ……! 私はただの探求者なのでっ、底の見えない暗闇を落下する経験はしたことがないです……!」

「探求者なら未知の感覚を楽しむぐらいの余裕を見せてくれヨ」

「探求者と変人を同じにしないでください……!」

「もうすぐ底に着くよ。舌を噛まないように注意しておいて」


 洞窟は三度みたび変化する。


 三人が大穴の底に到着すると、周囲には大量の青白い光が輝いていた。固形化した魔素が宝石になり散らばっているのだ。青白いものが多いが、中にはティアの指輪に似た赤い宝石も混じっている。


 これこそが星屑の大穴と呼ばれる由縁。崩落によって集まった宝石が星のごとく輝いていた。


 七色の宝石は砕けてもなお光を放ち、星屑の大地を形成する。右も左も、気付けば天井にすら宝石が埋め込まれた洞窟。灯りはもう必要ない。ティアは幻想的な美しさに言葉を失った。


「全部持って帰ったら、一体いくらになるんだろう……」

「少量でも結構な額になりますよ。腕の立つ探求者はこれだけで生計が立てられます」

「なんて夢のある世界なんだ」

「ちまちまと花を売るよりもよほど効率がいいナ」

「ティアさんは花屋なのですか?」

「ちょうど宝石屋に転職しようかと考えていたところさ」

「もしそうなったらローベンスタッドに住まないといけませんねぇ。星屑の大穴はここにしかありませんから……」


 アストレアは話しながら宝石を一つ一つ確認した。ほとんどが崩落時の衝撃で割れてしまっている。見た目だけなら綺麗であるが、アストレアの目的は研究用の純度が高い宝石だ。割れて魔素が漏れだした宝石は残念ながら使えない。


「下の方に輝きを失った石がありますよね?」

「そうだね」

「これらは魔素の放出を終えて光を失ったものです。こうなると普通の宝石と変わりません」

「それでも売れば高そうだけど」

「もちろん売れますが、星屑を拾う方が何倍も得です。あえて優先する必要はないですね」


 「じゃらじゃらして不安定な地面だ」と思っていたティア。ただの石ではなく宝石だったらしい。袋に詰めてトーカスに持ち帰れば、これだけで当分は生活できるはずだ。そんな金の原石たちを足蹴にする。なんと勿体ないことか。


 せっせと宝石を集めるティア達。気を抜くと頭上から崩落した岩が落ちてくるため、見た目以上に危険な作業だ。ティアの不注意で起きた崩落以外にも、地底に着いてから二度、崩落が起きている。洞窟の揺れにも慣れ始めた頃合いだ。


「今更なんだけど、ルークって探求者の言っていた約束って何のことなの?」

「あー、あれですか……」


 アストレアは答えづらそうに口ごもる。他人に話せない内容なのだろうか。しかし、アストレアは若干頬を染めており、もじもじと髪の毛を巻いている。その姿、まるで恋する乙女のような――。


「実は、学術会が終わったあとに結婚しようと言われていまして……」

「……結婚!?」

「ちょっ、声が大きいです!」

「こんな場所じゃ誰も聞いていないよ。それよりも結婚って、え、あの人と?」

「ルークとは幼馴染みで、子供の頃からの付き合いなんです。口調がきついので勘違いされがちですが、優しい人ですよ」

「一緒に研究をしよう、という探求者流の冗談ではなくて?」

「一緒に暮らそう、という意味です」


 アストレアは自分が言った言葉に恥ずかしくなって顔を隠した。急にそのような常人のフリをされても困惑するばかりである。ティアは呆気にとられたような表情で「結婚……」と繰り返した。


「あぁ、だから学術会に気合いを入れているんだ」

「ちちち違います! お金のためです!」

「ルークに良いところを見せたい、と。なるほどね」

「違いますー!」


 アストレアの大声に驚いて、白色トカゲが逃げていった。パラパラと落ちる小石と宝石。また崩落が起きそうである。


「あはは、アストレアの声で天井が落ちそうだ」

「その時はティアさんが守ってくれるので大丈夫です」

「ちなみに、アストレアはどうして魔素の研究にこだわっているの?」

「そ、それはもちろん――」


 アストレアはぼんやりと天井を見上げ、やがて諦めたように首をかしげた。


「……あれ? 何故でしたっけ?」

「私は知らないよ」

「最近物忘れが多くて……困ったものですねぇ」


 彼女は苦笑いを浮かべた。忘れていいことではないと思うが、探求者にとって、きっかけはあまり重要でないのかもしれない。研究結果とその過程で得られる知識さえあれば、過去は必要ない――のかもしれない。

 ティアは自分の中で納得した。やはり探求者は変わっているのだ。ジルベールが特別おかしいのではなく、探求者という人種そのものがずれている。未知を追い求める者達の変人さを再認識できたティアは、宝石漁りを再開した。


 アストレアは「おかしいなぁ、思い出せないです……」とまだ悩んでいるようだ。大事なことであるはずなのに、どうして忘れてしまったのか。探求者のさがが忘れさせてしまったのか。青春を費やしたが故に記憶も失ったか。前を見すぎた人間はいつか足をすくわれる。


 深き洞穴で星拾い。作業は夜が明けるまで続いた。



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