第198話:お伽の街編 星見搭からの景色

 

 街の中央にそびえる星見塔、その入り口には大きな広間がある。ここに訪れる者の目的は大きく分けて二つ。


 一つ目はローベンスタッドの探求者として研究に勤しむ者。かつてジルベールが塔の研究室で暮らしていたように、多くの探求者が切磋琢磨をしている。星に関する研究がほとんどだが、魔素の解明に重きを置くアストレアのような探求者も少なくない。浪漫を追い求める限り、ローベンスタッドの扉は常に開かれている。


 二つ目は塔の星見魔具を使う者だ。そもそも、ローベンスタッドが盆地になっているのは、はるか昔に隕石が落下したからだと云われている。その影響から落下地点の周辺には奇妙な魔素が発生するようになった。特異魔素、といわれる現象だ。微睡みの森に霧状の魔素が発生するように、ローベンスタッドにも特有の魔素が発生する。


「申請完了……これで塔を登れますよ」

「部外者でも入れるんだね」

「探求者の同行であれば許されます。助手や協力者、支援者といった様々な関係者が出入りするので、意外と緩いのです」

「アストレアもよく塔に来るの?」

「私は家の方が落ち着くので……」


 彼女たちが目指すのは星見魔具の観測台だ。塔の周囲に浮かぶ星見魔具を起動するための場所であり、最上階に近い高さまで登らなければならない。気の遠くなるような螺旋階段が上へ続いている。


 高い。本当に高い階段だ。疲れを知らないゴーレムは平気だが、人間のアストレアは一歩のぼるたびに苦しそうな息を吐いた。彼女を見ていると「これほど高く建造する必要はなかったのではないか」とティアは思ってしまう。

 ちなみに時刻は夜。日が沈まなければ星見魔具は使えないらしい。


「人間は大きな建物が好きだよね。無意味とまでは言わないけれど、この階段を毎回登るのは面倒だよ。アストレアはそう思わない?」

「す……すみません、話しかけないでください……息をするのも、しんどい……」

「こういうのを運動不足っていうんだゼ」

「やめなさいララ。私たちとは鍛え方が違うんだから」

「……ララは、歩いていない……です……」


 白猿はティアの肩で意地悪な笑みを浮かべていた。よほど暇なのだろう。時折、アストレアの周りを回っては、長い尻尾でぺしぺしと煽っている。彼女の額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。


 ようやく観測台に到着したとき、アストレアは干からびた死人のようになっていた。地面に手を付きながら「二度とこんな塔には登りません……」と呟いている。

 ティアは観測台を興味深そうにキョロキョロとした。中央にある円形の台座が観測器だ。恐らく魔素を込めることで起動するのだろう。魔法が廃れる前の時代に作られた古い魔具である。


「おや、アストレアじゃないか。君が顔を出すなんて珍しいな」


 観測台には先客がいた。口ぶりから察するにアストレアの同僚だろう。少し長めの髪を後ろにかき上げた長身の男だ。鋭い眼差しをアストレアに向け、続けて田舎者を見るようにティアとララを睨む。


「そいつらは誰だ? 探求者ではないようだが?」

「ルルルッ、ルークには関係ないです」

「俺はそんな言いにくい名前じゃないぞ」

「わ、私たちは、観測器に用があります。ルルークには関係ありません!」

「誰がルルークだ」


 ルークは苛立たしげに腕を組んだ。丈の長いローブに神経質そうな顔。腕には古めかしい書物を抱えており、いかにも探求者といった風貌だ。


「星見魔具はローベンスタッドの大切な象徴だ。外部の人間に軽々しく触らせるな」

「かっ、彼女達は協力者です! 申請もしたので問題ありません!」

「規則の話ではなく、探求者としての振る舞いを言っているのだが……まぁいい。くれぐれも壊すなよ」

「言われなくても壊しません!」


 ルークは鼻を鳴らした。何となく二人の関係性が透けて見えるようだ。恐らく競争相手ライバルのようなものだろう。出不精なアストレアにもきちんと交流関係があったことに安心した。完全に蚊帳の外なティアは、特に口を挟もうとしない。


「念のため確認するが、約束は覚えているか?」

「約束……?」

「覚えて、いるか?」

「……あぁ、約束! 約束ね、覚えていますよ!」

「それならいいが……」


 ルークは訝しむような顔をした。額に寄せられたシワが「今忘れていただろう」という彼の気持ちを物語っている。


「学術会を楽しみにしている」

「う、うるさいです」

「これは期待というのだ」

「うるさいです」


 ルークは諦めたような表情で立ち去った。

 観測台にはティア達だけが残される。


「ふぅ……ようやく帰りました。お二人ともすみません」

「目が怖いけど他の探求者よりまともに見えたよ」

「えぇ、まとも……? あれのどこがですか?」

「常識はありそうだった」

「まるで私が常識知らずみたいに言わないで下さい……」


 「少なくとも見返りはちゃんと用意しそうだな」とティアは内心で呟いた。頭のネジの外れ具合で比べればマシな方ではなかろうか。もっとも、探求者に常識を求めることがお門違いかもしれない。

 アストレアは頬を膨らませながら観測器に近付いた。探求者を歓迎するように、観測器は青白い光を発する。


「星見魔具にはいくつかの力があり、そのうちの一つで特異魔素の濃度を調べます。起動後は壁が動きますので注意してください」

「古い街だと聞いたけれど、新興都市よりも最先端だね」

「魔法が健在だった頃の技術ですので……今となっては原理もわからない謎の遺物です。それを解明するのも探求者の使命ですが」

「壁が動くとどうなるんダ?」

「外の景色が見れますよ。展望台のようなものです」


 広間の壁には擦れたような跡がある。幾度となく動き続けてきたのだろう。


「街の周囲には無数の洞窟があり、魔具の起動後は洞窟の周囲が光ります。それが特異魔素の濃い場所になりますので、ティアさんは観測をお願いします」

「アストレアが見たらいいんじゃないの?」

「起動には莫大な魔素を使うので、私は多分倒れると思います。なので、ティアさんには観測結果の確認と、完了後に私の体を運んでください」

「俺はどうしたらいい?」

「その辺で踊っていてください」


 ララの尻尾が無言で抗議した。

 観測器の起動に入る。アストレアは眼鏡を外すと、中央の台座に手をかざした。想いを魔素に変えて、古き観測器に息を吹き込むのだ。ティアの瞳には魔素の流れが鮮明に映った。純粋で綺麗な魔素だ。きっと彼女の心は探究心でいっぱいなのだろう。


 塔の周囲に浮かぶ星見魔具。無数に重なる輪っかのうちの、一番下にある小さな魔具がくるくると回り始めた。同時に、観測台の壁もゆっくりと回転し、ティアの視界にお伽の街が広がった。


「いっ、いきますっ……!」


 宙に浮かぶ輪っかの中央に光が集まった。観測器と同じ青白い光だ。くるくると。煌々と。夜空に浮かぶ星のごとく、光は徐々に小さな点へと集中する。


 瞬間、光は波紋のように街の上空へ広がった。街を照らす光ではなく、輪っかが徐々に大きくなるような光だ。


「綺麗……」


 所々にぼんやりとした光が見える。あれがアストレアの言っていた「特異魔素の濃い場所」なのだろう。街中でも光る場所はあるが、一際目立つのは街の外側だ。ローベンスタッドを囲むように、ぼんやりとした光がいくつも浮かんだ。ティアは光の場所を正確に覚える。記憶力には自信があるのだ。


 ある場所は街の外で。ある場所は川のほとりで。

 お伽の街の幻想的な光景に目を奪われていると、背後で倒れるような音が聞こえた。


「あっ、忘れてた」


 振り返ると、気絶したアストレアを頑張って支えるララの姿があった。彼の小さな体ではいくら魔物といえども潰されそうだ。ララは彼女と地面に挟まれながら「早く助けろ」と床を叩いた。


「ごめんねララ」

「胃の食べ物が全部出るかと思ったゼ」

「そんなことしないくせに」

「勿体ないからナ」


 アストレアを背負ったティアは、もう一度街を見渡した。光はあまり長く持たないようだ。徐々に小さくなる光を最後まで見届ける。アストレアの頑張りを無駄にしないために、ここでしか見れない光景を目に焼き付ける。


 やがて星見魔具の回転が止まると、観測台の壁はゆっくりと閉まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る