第197話:お伽の街編 魔素と宝石の親和性
アストレアと名乗る少女を助けたあと、二人はお礼として彼女の家に招待された。町外れにある小さな家だ。アストレアは一人で暮らしながら研究に明け暮れているらしい。
家の中はたくさんの魔道具で溢れていた。アストレアが「散らかっていてすみません……」と恥ずかしがっていたが、ティアはむしろ興味津々な様子である。「魔素と宝石の研究」というだけあって、部屋のなかには小さな宝石がそこかしこに見受けられた。
「この魔道具は全てあなたが作ったの?」
「えっと、全てではないですが……私が考えた仕組みを魔道具にしたものもあります。例えば――」
アストレアは筒状の魔道具を取り出すと、紐をつかんで天井に向けた。ぽん、と気の抜けたような音とともに、大きな魔素の粒が輝きながら部屋を舞う。ティアの瞳には凝縮するような魔素の流れが見えた。路地裏で感じた奇妙な魔素も、アストレア特有の魔道具によるものだろう。
「わぁ……」
「パーティーで使うと楽しいかなと思って……」
「きっと盛り上がるよ。ちなみにこれは売ってる?」
「非売品です……」
研究資金が足りなくて実用化できないのだとか。ティアは残念そうに肩を落とした。お土産として持ち帰りたかったが仕方がない。ちなみに、ララは家主のごとくソファでくつろぎながら果物を食べていた。
「それは残念だ。こんな魔道具は初めて見たから驚いたよ。魔素をたくさん集めているみたいだったね」
「そうなんですよ!!」
目を輝かせるアストレア。質問を間違えたな、と思ったときにはもう遅い。
「さっ、先ほど申し上げたとおり、私は魔素と宝石の研究をしています。正確には魔素の視覚化、定着化です。空気中の魔素を凝縮させて結晶にし、目に見える形で保存するのが目的なのです! この魔道具は凝縮させるための試作品なのですが、ご覧の通り魔素の視覚化には成功しています。なので、次は魔素の定着化、つまり物体に魔素を紐付けたいと思っていまして――」
「待って待って、早すぎるよ」
アストレアは不思議そうな顔をした。なにが早すぎるのか、と言いたげな表情である。その顔を見たとき、ティアは彼女がどこぞの天才と同じ“探求者”であることを思い出した。自らの好奇心に素直すぎるが故に、常人と
「す、すみません。えっとですね、つまり、魔素を目に見えるほど凝縮させて、親和性の高い宝石に込めることで定着させる研究です」
「魔素を扱えない人でも魔法を使えるってこと?」
「もちろんその可能性もありますし……例えば、新たな燃料資源として利用できるかもしれません。でも、そんなことはどうでも良くて……」
アストレアは真っ直ぐ顔を向けた。大きな丸眼鏡の奥、深緑の瞳には「これだけは譲れない」という強い意志がある。
「人の想いが魔素になる。魔素の定着化とはつまり、人の感情を形にすることができるのです。これ以上ない浪漫だと思いませんか?」
おどおどとした口調ではなく、はっきりと言い切るような言葉だ。人のための研究ではない。平和や発展のためでもない。ただ、底無き浪漫を追い求めるだけ。大人しげな性格の裏に、探求者の獣が住んでいる。
面白いことをするなぁ、というのがティアの感想だった。日常的に魔素と触れあうティアにとって、あえて魔素を物体に込めるという行為は新鮮である。
「んぁ、何の話ダ?」
「ララもいろんな魔法を使えるかもねって話だよ」
「ふーん……俺は興味ないゼ。魔法で食べ物が作れるってなら別だがナ」
「あなたの魔素はきっとお肉の形をしているよ」
「最高じゃないカ」
ララは美味しそうに熟した果実を口一杯に頬張った。市場を歩いた際に見かけたが、あの果実はたしか高かったはずだ。白猿の皿には食べ終わった
話を聞いたティアは、アストレアが守ろうとした鞄を思い出した。パキンと割れる音は宝石が砕ける音だったのではないだろうか。アストレアが絶望したような表情を浮かべたのも納得がいく。
「もしかして、鞄に入っていたのは研究に使う宝石だった?」
「はい……魔素に合う宝石は、その、一般的なものより高くて……やっと手に入れたんですけど……」
「あちゃー、尚更ごめんね、もっと丁寧に倒せば良かったよ。さすがに宝石を元に戻す方法は知らないなぁ」
アストレアは首をかしげた。宝石以外なら直せるのか。
「まっ、割ったのはララだけどね」
「責任転嫁とは意地汚いゼ。俺の失敗はお前の失敗。それに、宝石ならまた買えばいいじゃないカ」
「あの、すみません……そのことについて、なんですけどぉ……」
アストレアは言いづらそうに口をもごもごさせた。もしかして宝石を買いなおす金がないのだろうか。残念ながら当方は文無しのゴーレムと、タダ飯食らいの白猿だ。宝石を買えるような金は持ち合わせていない。
「宝石集めを手伝っていただけないでしょうか……?」
小柄な探求者は申し訳なさそうに頼むのだった。
○
「えっと、何から話しましょうか……?」
「ゆっくりでいいよ」
「それでは……“学術会”というものをお二人はご存知ですか?」
ティアとララは揃って首を振った。
「三年に一度開かれる、ローベンスタッド最大の魔術発表会です。探求者は誰もが参加する……というか、参加が義務付けられています」
「参加したくなさそうな口振りだね」
「はい、それはもう」
アストレアは何度もうなずいた。よほど学術会が嫌いらしい。もっとも、彼女の性格からすれば当然かもしれない。
「学術会まであと一ヶ月。そこで研究の成果を発表できないと……ローベンスタッドからの支援を受けられなくなってしまいます」
「支援って必要なの?」
「もちろんです! 私がこうして働かずに好きな研究をできているのもローベンスタッドの支援があってこそ。タダ飯食らいの探求者は捨てられてしまいます」
タダ飯食らいと聞いてララの肩が跳ねた。自覚はあるようだ。
部屋に置いている魔道具はたしかに高そうなものばかりだ。宝石はローベンスタッドの特産品であるため他の街に比べて安価だが、研究用になると話が別である。独立した探求者では到底まかなえない費用だ。
「さっきの男たちは学術会の関係者?」
「あれは私の競争相手による嫌がらせ……だと思います」
「わーお、人気者だ」
「それほどでもないですねぇ」
アストレアの反応から察するに、探求者ではよくある話らしい。権利や利益のために他人を蹴落とそうとする者たち。ティアの中では、探求者とは他人のことなんて一切考慮せずに研究ばかりするものだと思っていたが、全員がジルベールやアストレアのような性格ではないようだ。
「別に研究が終わらなくても、ちゃんと進んでいることが伝わればいいんダロ? さっきのキラキラした試作品じゃ駄目なのカ?」
「その……良い結果を残せたら、さらに多くの援助をもらえるので……頑張りたいなぁ、なんて……」
恥ずかしそうにするアストレア。折角ならば次からの研究費を上げてもらおう、という魂胆か。この少女は意外と抜け目がないようだ。
「大体の事情はわかったよ。学術会に出ないといけないけれど、研究用の宝石が壊されてしまったから手伝ってほしい、と」
「すみません、すみません……」
「それで、見返りはどうなるの?」
「え?」
「え、じゃなくてさ」
「知識こそ至高の報酬?」
「んなわけないでしょ」
「でも、探求者の知識を得られるのは誰もが喜びますよ?」
またも不思議そうな顔をされた。研究を手伝うという行為そのものが報酬になると思っているらしい。それで喜ぶのはどこぞの天才のような一部の狂人だけである。ティアは内心で頭を抱えた。
(これだから探求者という人種は……!)
彼らはいつだって微妙にずれているのだ。そのくせにずれを自覚していないどころか、他人に押し付けてくるのだから
「んんっ、まず、私たちは探求者じゃないから研究には興味がない」
「は、はい」
「もちろん手伝うのは構わないけれど、無償の善意というわけにはいかない。時間や労力、宿代だってかかるもん」
「はい」
「だから……街に滞在する間は泊めてくれること。それから、ララの食事を用意すること。この二つでどうかな?」
「はい……え?」
アストレアは慌てたように腕をぶんぶんと振り回した。
「こっ、こんな狭い家に泊まるよりも宿をとったほうが快適ですよ……!」
「宿泊費すら惜しい身の上でね」
「うぅ……それに料理も下手ですし……」
「それも問題なし。私は必要ないから、ララの分だけで構わないよ」
「誰かと同じ家で暮らすなんて怖すぎるぅ……」
「本音が出たな探求者」
アストレアはぷるぷると震えていたかと思うと、恐る恐るララに尋ねた。
「……ちなみにララは何を食べるのですか?」
「肉! 魚! 何でもいいから美味い飯ダ!」
「美味い飯? は、はぁ……わかりました、ご用意します」
「良かったねララ」
ご満悦な様子のララ。
視界の端に「美味い飯とは何でしょう」と首をかしげるアストレアの姿が見えたような気がしたが、ティアは考えるのをやめた。だって食べるのはララだから。少なくとも自分は損をしないはずだ。
「よし! 話はまとまったね」
「まとまったのでしょうか……?」
「私がまとめたの。さぁ、具体的にどうやって宝石を集めるかを考えよう」
ティアはワクワクしていた。楽しそうな予感がする。星降る街で宝石集めとは、何とも素敵な響きではないか。ティアは
月明かりが窓から差し込んだ。夜空に昇るは上弦の月。まだ満月ではないようだ。
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