第195話:影の英雄達

 

 混沌の街。もしくは水の都。トーカスは大暴走スタンピードを境に大きく生まれ変わった。によって魔物の侵攻は鎮圧され、その功績によりミリィ・ファルメールが新たなる王として君臨する。彼女の主導の下でトーカスは瞬く間に再建され、同時に多くの改革が行われた。その最たるが周辺都市の統一だ。各地に点在していた小都市が次々とトーカスに吸収された。やがて、街と呼ぶには大きすぎる規模に成長し、これらを統括して「ファルメール国」が誕生する。


 中央に王都が設立され、防人等の主要組織は王都に移設された。トーカスは「旧都トーカス」と呼ばれるようになり、貿易こそ盛んであるものの国の中心ではなくなった。原因は下層部に乱立する大樹や地形の問題、微睡みの森など様々だ。トーカスを王都にするには課題が多すぎた。


 防人にも大々的な改革が実施され、その名前も正式にファルメール軍として統一された。大暴走スタンピードでゼクトーアが失踪したため、軍団長の座にはフィーリン元隊長が就任。かつてトーカスを守った戦士達が、ファルメール国を守る盾として生まれ変わったのだ。


 やがて、ファルメールに追随するように他の主要都市も領土を広げた。後世に語られる戦乱の世。数多の都市が地図上から名前を消し、彼らを飲み込んで新たなる国が乱立する。大小含む幾つもの争いが起きた。昨日の敵が今日の味方。大陸中が争いの渦に巻き込まれる。


 戦乱の世において、ファルメール国は聖国と良好的な関係を築いた。良好、といってもあくまで表面的なものだが。両国を繋いだのは、街角の教会から生まれた慈しみの子供達プーロ・チルドレンだ。彼らはファルス教を信仰していながらもファルメール国を中心に活動し、結果的に聖国も手を出すことが出来ない状況に陥ったのだ。


 新興国、聖国、おとぎの国、北方の地。都市と都市が喰らいあい、国と国が潰し合う混沌の時代、ファルメール国は悠然と輝き続けた。時代の火付け人として幾度も攻め込まれながらも、稀代の女王ミリィ・ファルメールは国を守り抜いた。そのたびに彼女は国民から莫大の支持を得るようになり、彼女の名声は他国にまで広まった。


 そんな栄光の歴史の一ページ。表舞台では語り継がれない影の話。人の繋がりを求めたゴーレムがいた。あの戦いを経験した者は、時折思い出したように口にするのだ。あの時、街を救った少女はどこへ行ったのだろう、と。“ユースティア・ファルメール”の名だけが一人歩きをし、一種の偶像のような存在として歴史に刻まれた。


 街角の花屋は店仕舞い。


 余談であるが、旧都トーカスで毎年開催されるウィーン祭では一風変わった風習が生まれた。祭りの夜に子供達が仮面を被って街を歩くのだ。元々は教会の子供達が仮面を被って遊んでいて、それがいつの間にか広く浸透したとされている。腕試し大会が起源だ、と主張する者もいるが真相は定かでない。




「いやー、おとぎの国って思っていた以上に遠い……まだ半分ほどか。この道のりを夜通し歩いたって言うんだから、あの二人は頭がおかしいです」


 少女の目の前に広がるのは鬱蒼うっそうとした山だ。申し訳程度に道が整備されているが、周囲に人影は見当たらず。本来ならば行商人などに乗せてもらうのが正しい方法であるが、不安定な情勢で行商人も数を減らしている。この山を歩いて越えるのは相当骨が折れるだろう。その労力を想像した少女は帰りたくなった。


「……よしっ!」


 気合を入れ直して少女は進む。目指すは西の果てにあるおとぎの国・ローベンスタッドだ。ずっと夢だった星の勉強をするべく、少女はトーカスから旅に出た。かの天才と名高きジルベールの出身地ともされており、学を求める者が揃って目指す国である。


 踏み出して数歩。遠くから獣の雄叫びが聞こえた。ビクッと肩を震わせた少女は「やっぱり引き返そうかな」と考えを改める。一人で山を越えるのはやっぱり怖い。道端で行商人が通るのを気長に待ったほうが楽ではないか。そう思って振り返った少女に、頭上から声がかかった。


「おいおい、諦めるのが早すぎないカ? そんなんじゃ一生辿り着けないゼ」


 生意気な声だ。


「……生きていたんですか。連絡がないからてっきり死んだかと思っていました」

「森の仲間に挨拶をしていたんダ。に会いに行くついでにナ」

「なるほど。仲間はどうでした?」

「森を焼いたのはジルベールだってのに、俺まで嫌な顔をされたゼ。まぁ、森に帰るつもりはないから丁度良かったナ」


 尻尾を枝に絡ませて、ぷらぷらと揺れながら白猿は笑った。


「それなら一緒に行きます?」

「一緒に行ったら楽しいカ?」

「ふふ、それを決めるのはあなたでしょ」

「……そりゃそうダ。お前は危なっかしいから付いていってやる」

「……本当に生意気ですね。街に着いたら覚えていて下さい。というか、街に着くまでご飯抜きです」

「なら俺は先に行って待ってるゼ。お前は一人で山を越えるんだナ」

「あっ、待って下さい! 話が違います! ちょっと待って――!!」


 騒がしい二人が山に消えていく。彼女達は気まぐれだ。楽しいかどうかが行動指針。魅力を感じればどこへだって行くし、何だってする。二人の存在は歴史に小さくない影響を与えたが、彼女達もまた影に生きる者であり、語り継がれることはない。ごく一部の者だけが知る本当の歴史。


 彼女達が求めるのは栄誉ではない。楽しければ、もしくは満足できれば構わない。色々な街を巡って、美味しいものを食べて、たまに問題を起こして追われたりして、魔物だと疑われて、店の真似事をしてみて、そして、いつか故郷の森に帰るのだ。寂しがり屋な少女を独りにしないために。



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