第12話:奇人変人な天才


 依頼当日、ティアは地図を頼りに依頼人の元へやって来た。中層部に来るのは二回目であるが、相変わらずここは別世界のようだ。下層部は言うなれば活気と喧騒による混沌とした街。裏に入ればスラムが広がり、迷路を抜けたと思えば誰も居ない静かな場所へ出ることもあった。しかし、中層部は落ち着いている。街行く人々は優雅に笑い、耳を澄ませば小鳥のさえずりから川の音まで聞こえてくる。


 この屋敷もそうだ。年季が感じられるにも関わらず、古くさいという雰囲気はない。恐らく念入りに手入れがされているのだろう。立派な門は主の尊厳を表していた。

 門には二人の門兵が立っている。暇そうに談笑しているが、決して隙だらけというわけではない。来る途中に他の屋敷の門兵を見てきたが、どこも隙だらけでだらしなく立っていた。しかし、この屋敷はどうやら違う。予想していた以上に依頼人の格が高いようである。


 門兵に近づくと、ティアは依頼を受けた旨を伝えた。何の事かすぐに察したようで、門兵のうちの一人が屋敷に案内をしてくれる。屋敷の中は煌びやかな装飾は少なく、どちらかと言うと質素な様相だ。しかし、飾られている絵画や彫刻はどれも高価なものである。ティアにはその価値が分からなかったが、コレクターに出せば破格の値が付くものばかりだ。

 やがて屋敷の奥、主の部屋に到着した。


「旦那様、花屋のティア様がお越しです」

「入ってくれ」


 門兵が扉を開けると、中には三人の人物が待っていた。中央の椅子に座っているのが今回の依頼人であるジルベール・レーベンだ。左右には防人さきもりと思われる男女が控えている。


「初めまして。ティアと申します」

「僕はジルベールだ。君とはぜひ一度会ってみたいと思っていた」


 事前にティアが調べた情報によると、ジルベールは魔法省の人間だ。稀代の天才であり変わり者だといわれている。ティアは壮年の男性を想像していたのだが、彼の見た目は思っていた以上に若々しい。見たところ三十歳手前ぐらいだろうか。細く切れ長な瞳からは綺麗なあおの光が零れる。


「ん、君は……」

「はい? ……あぁ、あの時の。やはり防人の方でしたか」


 よく見ると、護衛の男は以前店に来たことがある客だった。鍛えた体をしていたので覚えている。確かあの時は落楼草らくろうそうを買ってくれたはずだ。ちなみに香りの良い花には落楼草、仄かに光る花は燐螢花りんけいか、霧の花には幽玄草という名前を付けた。どれもティアが勝手に付けた名前だが、本人は結構気に入っている。


「おや、知り合いだったかい?」

「以前彼女の店に行ったことがありまして」

「なるほど。確か表街道で店をやっているんだよね?」

「そうですね、大通りからは少し外れた場所で開いています」


 防人の男を交えた会話をしている間、女の防人は静かにしていた。ただじっとティアを見つめている。まるで観察するような黄金の瞳は少し気味が悪いなと思った。

 それからも他愛ない談笑が続く。恐らくこちらの緊張をほぐすためだろう、とティアは好意的に解釈した。ジルベールという人物はどうやら話し好きのようで、次から次へと話しかけてくる。よく話題が尽きないものだ。


「ふむ、もうこんな時間か。そろそろ花壇の方へ案内しよう。あまり長話をしても仕方無いしね」

「わかりました」


 話したがっていたのはあなただろ、という突っ込みは心の内に留めた。ティアは大人だから我慢できるのだ。

 ジルベールに案内されたのは温室だった。てっきり外の庭かとティアは思っていたが金持ちは違うらしい。温室には様々な草花が生えていたが、森から出たことがないティアには何の種類か分からない。これらの草花は彼の研究に使われるのだろう。


「花屋の君なら目を輝かせるんじゃないかい? ここに植えている花はどれも希少で特別なものだ。これだけの花を集めているのはトーカス広しといえども僕ぐらいだと思うよ。それで、君の花はここに植えようと思っている」


 指定の場所はそこそこの広さがある。様々な花で彩ればさぞ綺麗な花壇になるだろうと思われた。この温室は所々に空いている場所があり、珍しい草花は随時追加しているのだろう。ティアの花はそんなジルベールの目に付いたわけだ。


「花の希望はありますか?」

「確か三種類の花を扱っていると聞いたが本当かい?」

「はい。今お売り出来るのは三種類になります」

「ふむ……」


 嘘は言っていない。人の街で売って大丈夫そうな花は三種類。あれもこれもと森から花を持ち出すわけにはいかないのである。ジルベールは納得した様子ではなかったが、特に言及をしてこなかった。言及されないならばそれで良し。沈黙は金である。


「そうだな……取り敢えず三種類全部貰おうか」

「かしこまりました。量はどれくらいで?」

「この花壇が埋まるぐらいで頼むよ」

「この広さを……結構な量になりますが大丈夫ですか?」

「ああ。問題ないよ」

「ありがとうございます」


 答えは全部ときた。希少な花という名目上決して安くない価格なのだが、まとめて買う客は初めてである。売り上げ額を想像したティアは自然と笑みを浮かべた。何が稀代の変人だ、素晴らしいお客様じゃないか。


(これは一度森に行って調達しなければならないな)


 手持ちだけでは恐らく足りないだろう。何せ売れない花屋に在庫は最低限しかない。ジルベールに花が足りないことを伝えると彼は快く了承した。やはり話の分かる良い客だ。


「じゃあ僕はこれで。帰りはそこの護衛に聞くといいよ」


 話し合いが終わると、用事を思い出したジルベールは護衛を残して去っていった。放ったらかしでどうしようかと思ったティアだが、取り敢えず護衛の男に挨拶をする。


「この前はどうも。花は気に入ってもらえましたか?」

「最高の評判だったぜ。あぁ、そういえば名乗ってなかったな」


 男はちらりと相方の女に目を向ける。


「防人のクォーツだ。ジルベール様に護衛を頼まれているが、何の意味があるのかは分からん」

「同じく防人のピルエットです」


 ずっと黙っていた少女がようやく口を開いた。女の防人とは珍しい。


「私の花を気に入ってもらえて良かったです」

「仲間達にも評判だぜ。なぁピルエット」

「はい。おかげでクォーツ先輩の部屋だけとても良い香りがします。先輩は汗臭いから私も助かっているんですよ」

「ピルエット!?」

「仲間……防人の仲間ですか。聞いているだけで楽しそうです。クォーツさんはもしかして班長ですか?」


 彼らが腰に下げている剣にちらりと目を向けた。仮面は表情を悟られないから便利である。


「ははっ、ただの兵士だよ。今日も口うるさい班長の命令で来ているんだ」

「なるほど。でも結構腕が立ちそうですけど」

「いやー、隊長とかに比べたらまだまだだな。何ならこいつだって俺達といい勝負するんだぜ」


 こいつ、とは相方であるピルエットのことだ。ティアは驚いたような表情を浮かべる。


「へぇ……女性の方なのに凄いですね」

「私なんてまだまだですよー。先輩方に手加減してもらってるだけです」


 ピルエットは謙遜しているが、クォーツの目を見る限り本当なのだろう。確かクォーツが店に来たときも仲間の防人が一緒だったな、と思い出す。防人は二人一組で行動するのだろうか。


(もしそうだったら厄介だなぁ)


 彼らに対する警戒度を少し上げるティア。もし何かしらの形で正体がばれてしまった時、ティアと相対するのは恐らく防人だろう。ばれるつもりはないし対策もしているが、彼らの情報はもっと集めていたほうがいいのかもしれない。慎重に、確実に、自らの築き上げたものを守る方法を模索するのだ。不安要素は対策はしておくべきだろう。

 やがて二人に案内してもらい、ティアは屋敷を後にした。近いうちにまた来ることになるだろう。もしかしたら常連になってくれるかもしれない。もしそうなったら嬉しいな、とティアは思う。

 屋敷には彼女が帰った後でも仄かに甘い香りがした。


 ○


 ティアを送った二人の防人は、再び温室に戻ってきた。


「いやー、疲れたな」

「何もしてないですけどね」

「だからこそ疲れたぜ。ほとんど立ちっぱなしだったからなぁ。やっぱり体を動かしているほうが好きだわ」


 クォーツは体を捻るとポキポキと気持ちの良い音が鳴る。凝り固まった筋肉が解れていくのは何ともいえない快感だ。


「それは同感ですねー。まあ今日は結構楽しかったですけど」

「本当か? むしろお前、珍しく静かだっただろ」

「あー、緊張してたんですよ。多分」

「なんだそりゃ」


 クォーツは今回の仕事内容を振り返る。ジルベールの護衛と聞いていたが結局何も起こらなかった。屋敷にあの時の花屋が現れたことには驚いたし、確かにあの少女は得体が知れないが、特に危険は感じられない。終始落ち着いた様子であったし敵意も無かったと思われる。何故二人も防人が呼ばれたのか、クォーツは不思議だった。


「この様子だとまた次も護衛で呼ばれるぜ。全く、何なんだろうな」

「ホントに……何なんでしょうかね」


 くるっとピルエットがクォーツの方を向いた。


「クォーツさんはあの花屋のこと、どう思います?」

「特に何もって感じかな。そりゃあんな仮面被ってるんだから怪しいのは当たり前だが、特に警戒する必要もないと思うぜ」

「花については?」

「綺麗だな」


 即答だ。


「ピルエットはどうなんだ?」

「うーん……そうですねぇ」


 ピルエットは首に手を当てながら、くるりと後ろを向いた。セミロングの髪がふわりと揺れる。


「……私もよく分かりませんでした」

「まぁそうだよな。楽に稼げると思えば多少はやる気も出るか」


 クォーツは伸びをした。細かいことを考えるのは苦手なのだ。そういうのは得意な奴がやればいい、とクォーツは思う。自分は愚直に体を鍛え、命令を聞いていたらいいのである。


「そういえば、リーベさんに花を渡さないと」


 温室の草花を見てクォーツは思い出した。明日にでもリーベの元へ会いに行こう。巡回と言いながら協会へ寄り、さりげなく花を渡すのだ。きっと喜んでくれるだろう。

 クォーツの脳内は明日の予定にシフトしており、怪しい花屋のことや後輩の様子がいつもと違ったことなどは既に忘れ去っていた。



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